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暴力の教科書

 時は九月。二百と六十年ぶりの潰滅事件で、世間は蜂の巣をつついたように姦しい。なにせ短期間に八体もの市民が再起不能にされたのだ。それも両手足の指を折り四肢切断した上でハードディスクを破壊――あるいはパートナー同士で凶器を持たせて相討ちをさせるなど、むごい方法で。こんなことが出来るのは魔法使いしかいない。とうの昔に絶滅したはずの存在が、今さら現れたのも驚きの一つだった。

 でもまあ自分の身には、そう、ひどいことは起こらないだろうと高を括っていた。このときまでは。

「早よ開けんかい!」
「出てこんかい! ゴラ!」

 昔。このライブラリに保管されたドラマや映画で、同じような呪文を使う人々を目にした。しかし今それを詠唱するのは、完新世に存在したヤクザなる魔法使いではない。どれも施設内の清掃ロボットたちだ。それぞれの持ち場にいたのが一挙に集結し、書庫まで押し寄せてきた。

 きっとクラッキングを受けたのだ。でなければロボたちはあんな呪いじみた挙動や言葉遣いはしない。彼等はいつも己の職務に誇りを持ち、礼儀正しかった。実際のぞき窓から様子を窺うと、Uの手を突き上げる全員が、胴体のランプを赤く点滅させている。

 いつまでも絶えない怒号とともに、激しく重い衝突音も延々と響く。強烈な衝撃を受けたドアが弓なりにたわむ。与えられる圧に比べて突貫で構築したバリケードは脆い。まもなく破綻の時がきた。

 次々に庫内へ雪崩れ込むロボたちに紛れて、人型の機体が戸口に佇んでいる。どんな外装をしているのかは、わからない。思い出そうとすると、私の記憶はそこで途切れてしまう。

 おそらく私は、仕事場から離れなかったのだろう。逃げようにも出入り口は塞がれていたし、脱出するには窓が小さ過ぎた。なにより管理者が職場を放棄するわけにはいかない。そして私は魔法をかけられた。

 魔法使いは暴力で、他者を支配する。逃れるには手の内を知る必要がある。

【続く】


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