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『未来をはじめる「人と一緒にいること」の政治学』宇野重規


本当に頭のいい人は、難しいことを若者達にわかりやすく説明したり話すのがうまいのだと思う。先日読んだ加藤洋子の本に引き続き、この本も、東京大学教授と中高生の対談形式で進んでいく(二人とも任命拒否されているのはどういう一致だろう)。

ロールズ、ルソー、カント、ヘーゲルなど、社会で聴いたことのあるけれど難しいことを書いていそうな思想家たちを、まずとても身近に感じられるエピソードで性格を具体化して、親近感やイメージをもたせたところで、その連続上で著作の内容を説明していく(しかも漫画付)

例えば、ルソーの社会契約論について

ルソーは人一倍傷つきやすく、トラブルも起こしやすい。愛に飢えているがゆえに「100パーセント自分を理解して」と言う。
「他人と一緒にいたいけれど、自分の自由は失いたくない、それを両立するにはどうしたら良いか」、一生懸命考えた結果、「一人一人が自由であり、かつみんなが本当にまとまったときに、初めて一般意思になる」という考え方が生まれたと。
でも例えば、
クラスで修学旅行の行先を決めるときにとことん熱海かハワイか議論してスパリゾートハワイアンズに行くことにまとまったとして、その段階になって「私やっぱりハワイに行きたい」という人が出てきたとき、どうすべきか。
ルソーの考えでは、もし一般意思が示されたのにそれに反する意志をもつ人がいるとすれば一般意思を強制してもいいという。
このあたり、民主主義の名の下に個人の自由を侵害する危険性がある気がすると。

今までルソーの『社会契約論』なんて読もうと思ったこともなかったけれど、少し読んでみたくなったのと、読んでもこの本ほどわかりやすく中身を説明するのは自分にはできないと思った。


民主主義では多数決がすべてではない

多数決の限界
二者択一ではそれなりの合理性があるものの、選択肢が三つ以上の場合、高い確率で変な結論が導き出されてしまうとのこと。
例えば、前回のアメリカ大統領選挙で、民主党の票が、ヒラリークリントンとサンダースに分かれ、サンダース支持者が棄権した結果、サンダース支持者にとっても論外だったトランプが当選した例や、強い人同士が潰し合って、弱い人が勝ってしまうことが多々あることが挙げられている。

多数決の対案として挙げられている方法
◇ボルダ・ルール
三人の候補者がいる場合に、一位には三点、二位には二点、三位には一点という点数をつける。

◇対馬の寄合
時間をかけて全員が議論に参加し、次第に場の共通感覚のようなものを作り出していく。終わったときに一人一人が「自分も議論に参加した」「けっこういいことを言ったかもしれない」などと充実感を覚えることができる。

多数決を取ることで村が真っ二つに分かれることも避けられる。

一緒に議論していると、歩み寄ることもあるし、話した分だけ遠ざかることもあり、その過程こそが人間という意見も紹介されている。

◇フランスの二回投票制
第一回の結果を受けて第二回までの間で、有権者に必然的に考える時間を与える仕組み 

(これを読んでブレグジットの投票を思い出した。時に投票者さえその投票結果になることを予想していない。二回投票すれば結果はかわるはずだ)

議論の提供として世代別選挙区も紹介されている。
民主制度といえば多数決と思い込んでいるのは何よりの壁として、合理的な理由とともに選択肢が示されているのが印象的だった。