理解の深度
「文化人類学では参与観察など、フィールドワークを大切にしている。
アンケートからでは人の価値観はわからないという考え方を持っている」
という話をコテンラジオで聞きました。
【番外編 #27】人類学って何?異文化に飛び込んだ同級生に聞いてみた(前編
例えば、宗教を信じますかと言う問いに対して、
「はい」と答えていても、
普段の行動がそれと見合っていないこともあるし、
逆に、「信じない」と答えていても、
普段の行動から宗教的な価値観や考え方が感じられることがある。
だから現地に行って、一緒に生活をして、一緒の時間を過ごすことで、
彼らの文化を彼らの価値観で理解をするという考え方なんだそうです。
この話を聞いた時、私は、理解をすることの程度が、人によってこんなにも違うのか、と言うことに衝撃を受けました。
そして同時に、世の優秀な人たちは若い時から、こういう考え方に行きついているのだと驚きもありました。
私の学生時代の卒業論文では、いくつかの本を読んで、本に書いてある事をそれなりにまとめるだけで、「理解できた」と思っていました。
でも、もし、
①正しいか正しくないかではなくて、いろんな物事の切り取り方がある
②本や論文は書いた人の価値観、考え方、事実を集約しているだけであり、
読んだからといってその世界を理解することとは違う
を理解していたら、大学の4年間でもっとちがう学びをしたかったなと、今になって強く思います。
学びだけに集中できる時間のなんと貴重なことか。
しかし、学びは学校でなくても、学生でなくてもできる。
だから、できるだけたくさんの本を読み、そしてよくよく考えて、こうして思ったことをアウトプットしていきたいなと思います。
関連記事
教育は、行間を悪意で埋めない
ガンディの準備、研修の準備 前編
留年した内定者 人事の判断
よろしければサポートをお願いします。いただいたサポートは記事作成のための書籍代、または執筆時間を作るための活動費に使わせていただきます。