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第8回 『ある男』 平野啓一郎著

 こんばんは、JUNBUN太郎です!

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 今夜も「読書はコスパ最高のコスプレです」のお時間がやってきました。本は自分以外の人間になりきる最も安あがりな道具。この番組では、リスナーのみなさんから寄せられる、読書体験ならぬコスプレ体験を、毎週ひとつご紹介していきます。
 ではさっそくリスナーからのお便りをご紹介しましょう。
 ラジオネーム、真性コスプレイヤーさん。

 JUNBUN太郎さん、こんばんは。
 自分はふだんまったく本なんて読みません、だってやっぱりビジュアルないとつまらんし、なんせ自分コスプレに命かけてるもんで、読むって言ったらマンガ、観るって言ったらアニメなわけです。そんな自分がなんでこの番組に投稿しているかっていうと、このまえいつものように「コスプレ」でググったら、この番組のことがあがってきて、コスパ最高とかってぬかしてる。自分それなりに、てかほぼ全財産コスプレに注ぎ込んでるんですけど、その分リターンもあると思ってるし、コスパ最高っていう自負もあったから、どうにも納得できなくて、んで本屋に走りました。マンガコーナーじゃなくて、文芸コーナーに。

 買ったのは『ある男』

 なんでこれにしたかって言うと、ほぼ直感。やっぱ自分、ヴィジュアルから入るクセがあって、言ってみればジャケ買い。平積みされたその本の表紙は、なにやら考え込んだポーズをした男がいるんだけど、モザイクがかかったようなデザインになってて、みていても男の正体がいつまでもはっきり浮かんでこない。とっつきにくくて、不可解で、もどかしい。なんか自分がもってる文学のイメージそのままだなと思って、ぶったぎるならこの本かなと思った次第です。

 で、読んでみたら、想像もしない世界が広がっておりまして──。

 過去の自分を捨て、まったくの別人として生きた男の真実に迫ろうとするヒューマンミステリー小説『ある男』をまだ読んでないというリスナーの方は、ぜひ読んでから、続きをお楽しみください! 

 

 思いがけず、この小説は、殺人を犯した死刑囚の息子である「誠」という自分を捨てて「谷口大祐」という別人を演じきったっていう、言ってみれば、人生をまるごとコスプレしちゃった男の物語でした。そして、この男の真相を追う城戸という在日韓国人の弁護士も、バーで「谷口大祐」になりすますっていう、即興のコスプレをやってる。自分以外の誰かになりたいっていう願望をもつのは、アニメ好きのヲタだけじゃないんだなって思いました。
 自分は、殺人犯の血が流れているわけでも、外国人の血が流れているわけでもなく、普通の家庭に生まれ育って、普通にいじめられっ子だったっていう、大して珍しくもないよくあるタイプなんですけど、この小説を読んでて、苦しかったときのこととか過ぎって、少し泣いたりもしたんですけど、いつものような生々しいフラッシュバックとは違って、冷静に、ちゃんと距離を置いて自分を俯瞰できてた。それは自分がそのとき「城戸」だったからだと思う。
 JUNBUN太郎さん、これがコスプレ体験ってことですか? 自分のやってるコスプレとは全然違う。どう違うかっていうと、自分のからだの外側ではなく、内側に「城戸」っていう登場人物を着込んで行くような感覚。そして、その「城戸」のからだの内側に、彼が追う「誠」だったり「谷口大祐」をさらに着込んでいくような、言ってみればマトリョーシカ的コスプレ感覚。で、不思議なのは、からだの内側にどんどん別人を着込んでいけばいくほど、「城戸」のことがよくみえてくる。そして、そのさらに外側にいる読者としての自分のことも──。
「他人の人生を通じて、間接的になら、自分の人生に触れられるんだ」
 これは、城戸が「X」という男に執着する理由が自分自身の出自にまつわる苦悩にあることを妻に打ち明けるときのセリフなんですけど、読書はまさに、そういうことなのかなって思いました。
 城戸はこうも言ってます。
「他者の傷の物語に、これこそ自分だ!って感動することでしか慰められない孤独がありますよ」
 読書だけじゃなく、コスプレもきっとそうなんだろうなぁ。
 自分のコスプレ対象は戦隊ヒーローものなんですけど、どんなヒーローでも必ず過去に傷を負ってるんですよね。
 んで、コスプレするときの鉄則っていうか、目指すことは、いかに自分という存在を消して、無になるかってことなんです。そうやって自分のなりたいヒーローに近づいていこうとすればするほど、矛盾するようなんだけど、自分という存在を強く意識させられる。自分がもってる弱さとか、強さとか、正義感とか、そして、傷、とか──。

 このまえ、コスプレのイベントに参加してきたんです。めちゃ楽しくて天国だったんですけど、終わったあと、トイレの個室でコスチュームを脱ごうとしたら、ファスナーが壊れて動かなくなったんです。そのとき、もしこの格好のまま生きてかなくちゃならなくなったらって考えたら、急に恐ろしくなって、ぞっとしちゃって。もちろん、ヒーローに変身したい、もうこのまま自分に戻らなくていいなんて妄想することは日常茶飯事ですよ、でも、いざ本当に戻れなくなったとしたら、泣くだろうな、うん、確実に号泣するなって思って。そのとき、この小説のことをふと思い出したんです。誠のことを。
 誠は自分を捨てて別人になった。愛する妻のまえでも別人を貫いた。ボクシングの昔の練習仲間によると、誠は誠のときから既にすごく気持ち悪い着ぐるみを無理やり着させられている感じがあった。「死刑囚の子供」っていう、そして「死刑囚の父親にそっくりな顔」っていう着ぐるみ。それをどうしても脱ぎたかった。だから、自殺しようとしたし、遂には戸籍交換して別人になった。不謹慎かもしれないけど、自分のコスプレに対する覚悟なんてまだまだ甘っちょろいなーって思います。でも同時に、誠は本当に自分を捨てたかったんだろうか、とも思うんです。彼が描いたあの純粋で無垢な絵は、別人の「谷口大祐」ではない、誠本人の美しい内面そのものですよね? 里枝って奥さんもそこに惚れた。だからどうか、彼が事故に遭って息をひきとる最期の瞬間くらいは、せめて、誠っていう、どんな着ぐるみからも解放された「自分」を感じてくれていたらいいなぁ、というのが自分が勝手にこの本に願うことです。

 で、読書のコスプレガチのコスプレとどっちがコスパ最高かの件ですが……共通点も多かったですけど、得られる価値が単純には比較できないこともあり……どっちも最高ってことでどうでしょうか……?
 自分もまたいつか本屋で小説をジャケ買いして、再度コスパ検証してみるつもりです。そしたらまた投稿します。


 真性コスプレイヤーさん、ありがとうございます!
 この、戸籍交換をして別人として生きた男を描いた、ある種のコスプレ小説に真性コスプレイヤーさんが出会ってしまうなんて、運命すぎます。ジャケ買いってバカにできないなー。ぼくもさっそく本屋に行ってジャケ買いしてこようと思います!
 ところで、この作品には、冒頭の「序」のパートで、作者である平野啓一郎さんと思しき「私」が登場します。これは他の平野作品にはみられない珍しいことではないでしょうか。なぜ作者は「私」として作品に顔を覗かせたのか──。読後に改めて「序」を読んでみると、面白い発見があるかもしれません。
 それにしても、真性コスプレイヤーさんから、コスパ最高のお墨付きをもらえたことは大変光栄です! ぜひこれからも、リスナーのみなさんにはコスパ最高のコスプレ体験をご紹介していきたいと思います。

 それでは来週もお楽しみにー!

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