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1-7: 緊急事態発生#2

文藝春秋ビル全体に大きなサイレン音が鳴り渡った。フロアの部屋という部屋から多くの人が次々に出てきた。

“緊急事態発生、慌てず速やかに

当ビルの屋外に出てください。”

そんなメッセージが繰り返し流れた。青木も人ごみに混じって移動した。

サイレンがTVなどでよく聞く緊急速報のものと同じ音だったので、多くの人はじきに大地震が起こるのではないかと話していた。

混雑を避け、青木は非常階段を降りたので、すぐ外に出れた。

周辺のオフィス街は全くの別世界になっていた。

何十台もの救急車が文春ビルを取り囲み、正面ではゆうに百人を超える救急隊員たちが立ちはだかっていた。

中の1人が拡声器で、ビルから出てきた人は全員ここに留まるようにと訴えている。だが、理由がまったく分からないことで隊員と激しい言い合いをしている者もいる。

そのうち青木は、ガスマスクをつけ、分厚い防護服を着込んだ大人数の集団が割り込んでくるのを見た。その姿は、フクシマ原発事故の際、放射線除去に当たっていた職員を思わせるほどの重装備だった。

防護服の集団は自分たちの乗ってきた装甲車のような車の周りにポールを立ててイエローテープの規制線を張り始めた。

マジか、あいつらがさっき消防隊員が言ってた化学機動中隊とかいうやつらじゃないか。

青木はそう思ってボーゼンと立ち尽くした。そのうち背の高い1人の隊員が拡声器を手にした。

「本日、週刊文春編集部内にいた方、または入ったことがある方は、全員もれなくこちらに来てください。

これはご自身ばかりか、他の大勢の人の命に関わる極めて大切なことです。どうか嘘をつくことなく、必ずこちらにお集まりください」

青木は10人ほどの週刊文春スタッフと共に、拡声器を持った隊員の元に向かった。簡単な身体検査を受け、化学機動中隊の巨大な専用車に乗り込んだ。

車内では1人1人が透明なアクリル板で密閉された檻のようなスペースに入れられた。発車してまもなく文春の若い女性スタッフが口を開いた。

「あの、私、昼に注文したピザを食べていないんですよ。それなのに編集部にいたというだけで、なぜこんな目にあわなきゃならないんですか?」

それに青木は苦笑した。この期に及んでまだ集団食中毒だと思い込んでいるとは……。

先に拡声器で呼びかけていた化学機動中隊・隊員の1人は「正直に申し上げると、ピザはまったく関係ありません」と口にした。

そうして病院に搬送された文春スタッフ3人はすでに死亡していて、治療に当たった看護師や医師も昏睡状態にあることを口にした。

そこで若い女性スタッフが狂ったように叫んで暴れだしたので数人の隊員が落ち着くように取り押さえた。

「皆さん、大変混乱されているかと思われますが、何か思い当たることはありませんか」そう隊員が言う。

「このような事態を起こせるものはおそらく神経ガス以外にありません。あの地下鉄サリン事件でまかれたような生物兵器級の猛毒ガスです。

そうであれば症状は早く出るので、昼の2時、3時にまかれた可能性があります。それも、おそらくは文春編集部の中だけでまかれたように思われるのですが……」

青木亘はそこでようやくピンときた。

あいつだ。あの野郎だ‼


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