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7章【ポストAppleの新時代】スティーブ・ジョブズ人物評


7-1: 典型的な資本主義世界のリーダとして

 スティーブ・ジョブズはもちろん大人物だが、社会的なエゴ(自我)に関しては小さな男だった。要するに、政治的な意思として社会を良くしたいとはあまり思っていなかったのだ。

 伝記『スティーブ・ジョブズ』、また2013年の伝記映画『JOBS』でも、彼がApple社の入口近くにある障がい者用パーキングエリアによく駐車していた事が描かれている。

 ある社員はそんなボスへの皮肉として、そこにある障がい者のロゴマークをジョブズの愛車メルセデスのエンブレムに書き換えたそうだ。多くの富豪やセレブに反し、ジョブズは生涯に渡りボランティアには無関心だった。

 第一に共感力の大きな欠如が、ジョブズの中で社会的なエゴや倫理観の形成を妨げたことが十分に考えられる。

 格差拡大が人類共通の課題となった今、人の持つ人生観が大きく変わりつつある。つまり、多くの人は人生の成否を決めるのは個人の力よりも境遇の差だということを理解するようになったのだ。

 政治に対して公平さが強く求められるようになり、世界中でベーシックインカム議論も盛んになってきた。

 ジョブズは晩年、オバマ政権の経済政策にビジネスリーダーとして深くかかわっていた。もし彼がまだ健在ならば、65歳の今頃、もしかすれば大統領選挙に出馬していた可能性もある。だが、僕はジョブズがアメリカ大統領となった世界には暮らしたくない。

 もしジョブズが大統領選に出るのであれば、最大の動機はアメリカをより強力な経済大国にしようとする所にあるだろう。

 伝記によれば、実際、彼がオバマに要求したことはエンジニアを増やして工場生産性をあげよというものだった。彼が大統領になれば、教育と経済両面で徹底的な抜本改革を始めることになっただろう。

 スティーブ・ジョブズとはこの200年の資本主義を率いた政治経済の典型的なリーダー像とも重なる。

 彼にはもちろん禅的な高潔さやアーティスティックな美意識やスマートな直観力があった。

 また、家族愛にあふれた男でもあった。貧しいながら彼を支え続けた養父母には心からの感謝を示している。生き別れた妹のモナとは再会後に彼女の作家活動を後押しし、一時は親権を認めなかった実娘リサとも復縁した。

 妻ローリーンを生涯愛し続け、仕事の傍ら3人の子供たちとの思い出作りにも熱心だった。2007年『D5』でのビル・ゲイツとの対談では、Appleがビジネス・パートナー他、多くの才人の協力によって大きくなったことを訴えている。

 だが、そうしたジョブズの愛は限定的で、その優れたプロダクトとは裏腹に世界に幅広くリーチアウトすることはなかった

7-2: 格差拡大と環境破壊と重なる偏執狂の病状

 ジョブズは世界の中心、その交差点に立ち、多くをつなぐ人だった

 禅の無の境地を足場にし、PCソフトウェアとモバイル・デバイスの道を進みながら多くをクロスオーバーさせた。ビジネス以外でも、家族愛やパートナーへの感謝も欠かさなかった。

 だが、そこに博愛に根差した倫理の道が交差することはなかった。ジョブズは1人の人間として大きく見ると、その名の通りジョブズ・仕事にかなり傾いた男だった。

 それはこの200年の世界の傾きとも重なる。

 ジョブズは非情なエリーティズムでAppleを一流の会社にした。ビジネスや学術やスポーツなど競争原理の現場では、実力でチームを階層化してエリートを1つに束ねておいた方が生産性は格段にアップする。

 だが、それを政治的に応用し、この世のルールにしてしまえば悪夢が始まる。そこに格差拡大が飽和した今が見える。科学・テクノロジーが世界をけん引し、資本主義社会になって200年余りが経つ。

 この時代の歴史的な偉業を成した学者には、スティーブ・ジョブズ的な天才が数多く存在する。彼らは少なからず病的でもあった。

 ダーウィン・ニュートン・アインシュタインといった近代科学の巨星は、ジョブズ同様のASD患者、人格障害を伴う天才脳の持ち主だったと見られている。もし学者だけではなく、著名な政治家も同様であればどうだろう。

 自身のアウシュビッツ収容体験を書いた名著『夜と霧』の中、心理学者でもあった著者フランクルは、ナチスの上層部には人格障害が疑われる者が多数いたと指摘している。

 アドルフ・ヒトラーに関しては疑いの余地はないだろう。トランプもまた同様、専門家の指摘通り、まぎれもなく自己愛性人格障害者だ。

 そう考えると、ある仮説が成り立つ。つまり、この200年余りの歴史は、自分の野心やビジネスにのみ集中し、倫理や社会的なエゴを持たなかった者たちによって築かれてきたのではないか。

 彼らの病的な症状が、世界中に転移して

現代病にまでなったのではないか、ということだ。

 ジョブズは物事を白か黒かでしか判断できない双極性障害者だと見られることもあった。それはそのまま保守とリベラルの二極化世界・ポーラライゼーションという現代病に通じる。

 現代世界の最たる問題、格差拡大と環境破壊もまた、富の一点集中やGDPへの固執といった偏執狂的な症状がもたらしたものだ。

 そう考えると、スティーブ・ジョブズもまた、この世界を傾かせた人物の1人ではないのだろうか。


7-3: 共感力がキーになる21世紀のカリスマ像


 科学がけん引する資本主義社会のリーダーたちは、もちろん全員が偏執狂的だったというわけではない。だが、その傾向が強かったことは充分に考えられる。

 ジョン・レノンはかつて政治家の多くが知的障害を抱えていると指摘した。そのため彼らを説き伏せるのではなく、子供の成長を促すように忍耐強く教育することを訴えた

 2008年、国際政治の中央にようやく倫理・高潔さを備えたリーダー、バラク・オバマが現れた。だが、その熱狂も国内の偏屈な共和党員の政治妨害にあい数年のうちに鎮静化。オバマが成し遂げた数少ない改革も、次期大統領となったトランプによって次々とつぶされた。

 伝記『スティーブ・ジョブズ』の中、ジョブズ自身も強烈なリーダーシップがないオバマには大きく失望させられたとある。オバマの失墜は、精神的に高貴な人が政治・経済の中では業績を残せないということを示している。

 だが、それはよく言われるよう理想家の敗北などではない。それは、病的な支配者層によって歪められた現実・つまりはフェイクニュースの圧力によって屈した真のリアリストの敗北なのだ

 伝記の著者アイザックソンは、ジョブズに辛辣かつユーモラスな批判を浴びせながらも、その大いなる偉業の代償として、それもしょうがないと見ているようだ。その寛容さは、自身の生活レベルやGDPが上がっていることを考慮し、政治的な腐敗をしょうがないとする現代人にも通じている。

 伝記にはジョブズの親友としてU2のBONOがよく出てくる。BONOはこの30年以上、ロックスターとして革新的な音楽を生み続けながら、一方でアフリカ諸国の債務帳消しを実現したりなど政治活動にも熱心だ。BONOが人生最高のインフルエンサーとするJohn Lennonもまた同様の人物だった。

 僕は21世紀の新たな政治・ビジネス・学術のリーダーも、そういう人物であって欲しいと願っている。自らの野心やビジネスに集中しながらも、倫理観を持って世界に公平・公正を求める人物が求められる。

 一点集中型の天才は、これ以上いらないのだ。

 ただ、ビジネスの世界では近年、CEOの妻の活躍でそのバランスが取れてきた。ジョブズの妻・ローリーンは慈善活動に生涯を捧げていて、ゲイツの妻・メリンダは夫と共に世界一の財団を作り、AmazonのCEOジェフ・ベゾスの元妻はコロナ禍のこの年末、選別した複数の慈善団体に総額4,000億円以上の資金を投じた。

 21世紀の新たなカリスマは女性の中から現れるのかもしれない。いずれにせよ、アイザックソン著『スティーブ・ジョブズ』は、僕にとって何よりも現代の革命家の大いなる限界をも示すものになった。■ 2021.1.19.

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