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Nobuyuki’s Book Review No.4 アンジー・キム『ミラクル・クリーク』服部京子訳(ハヤカワ・ミステリNo.1961)

 二〇〇八年八月ニ十六日。バージニア州郊外の町、ミラクル・クリークで韓国人の移民ユー家が経営する酸素治療施設が燃え、何人もの死傷者がでた。焼死した自閉症を患う少年の母親が逮捕され、一年後、裁判がはじまった。パク、ヨンとその娘のメアリーのユー家、酸素治療を受けていた患者など関係者たちの葛藤や秘密が語られていき、やがて事件は思わぬ方向へと進んでいくのだった。
 アンジー・キムの長篇デビュー作『ミラクル・クリーク』は、エドガー賞(アメリカ探偵作家クラブ賞)、国際スリラー作家協会賞、ストランド・マガジン批評家賞でそれぞれ最優秀新人賞を受賞し三冠を達成。その期待を裏切らない一冊だった。わりと早い段階で誰が犯人かというのは検討がついてしまうのでフーダニットとしての要素はあまり強くないかもしれないが、ホワイダニットは最後まで残り飽きさせない。些細な嘘が重なっていくことで出来た事件を覆う複雑に絡み合った糸を、関係者たちの姿を追っていくことで一本ずつほどいていく手腕が見事だ。その中に、「家族」というものをめぐる葛藤や秘密、なぜ嘘をつかなければならなかったのか、といったことがしっかりと描き込まれている。
 十一歳の時に両親とともにアメリカへ移住したという著者の姿が、同じように幼い頃に故郷を離れたメアリーに少なからず投影されているように思う。障害や難病の子どもを抱える母たちの心情、親と子のすれ違い、夫婦の関係がきめ細かく描かれていて読む者の心に強く訴えかける。従順な妻であることを求められ、従い続けてきたひとりの女性が、自責の念に駆られながらも最後に自らの意思を貫いたとき、未来への微かな希望がうまれる。

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