2020年5月 森岡 光

森岡光

(撮影:藤井真宏写真事務所)

多くの「心」と「手」が結び合い演劇をつくる
森岡 光 不思議少年(熊本県熊本市)


 小動物、ただし肉食系。妙齢の女優をつかまえてなんだが、愛称ピッピこと森岡 光に対する(個人的な)印象を一言で表すとこうなる。すばしっこく動く身体、くるくる変わる表情、声も役ごとに様々な色彩を帯び、何より目に宿る強い光が観客の視線を強く惹きつける。そうして彼女を見つめるうち、「食われる!」と思う瞬間が筆者にはあるのだ。ヘビに睨まれたカエル、的な? もちろん、それは彼女の魅力というか威力というか……とにかく褒めてるんですからね! ピッピさん。
「三股、静岡、東京……今年決まっていた劇団内外の公演や出演は、みんな飛んで予定が真っさらになってしまいました。でも別にツラくなったりはしていません。時々人と出会い・関わることに疲れてしまう時があって、今回もちょうどそうなりかけていた。だから家に居る、自炊する、一人で色々と想いを巡らすなど、自分を見つめ直す時間を持つには良いタイミングだった気がします。特に自分の中の創作意欲が向いたのが食に対してで、身体が何を欲しているかを自問しながら材料を選んだり、簡単な料理でも盛りつけを工夫したり。出来た料理を味わう、という行為も演劇に通じているかな、なんて。でもお陰で今、ちょっと栄養過多なんですよ(笑)」
 自粛でしょんぼりするどころか、エネルギー充電期間にさらっと切り替えるタフネスとポジティブが実に頼もしい。
「それに先週、講師を務めている通信制高校で授業が再開したんです。久しぶりに会った高校生たちがもう、これ以上ないというくらい楽しそうに授業を受けてくれて。お互い接触できないから、英語が語源のカタカナ語を日本語だけで説明し、周りの人が当てるというゲームをしたんです。普段なかなか言葉が出て来ない子が、『リハビリ』の説明を10分くらいかけてやり切り、待ち構えていたクラスメイトが我先に当てようと、大声を上げていた。その姿を見て、人から人へ何かが伝わる・届く瞬間って本当にいいなと改めて思いました」
 根っからの俳優、生粋の舞台人。そんな印象の森岡だが「“表現したい!”という強い衝動は感じたことはなくて」と意外なことを言う。
「私が子どもの頃、我が家は経済的にかなり苦しくて。お菓子やオモチャなど同じ年の子らが欲しがるようなものを、買ってもらえる状況ではなかったんです。だからお店の商品をじっと見て目に焼きつけ、家に帰って想像の中で遊ぶなんてことを3歳くらいからやっていた。父母が心の豊かな人たちだったので悲観的になったりしなかったし、想像するのが好きだから十分楽しかったんですよね。思えばそれが私にとって“表現すること”の原点で、大学で演劇に出会った時は、ようやく自分がやりたいことに気づけた感じ。演技や表現は、自分を見て欲しいとか実物以上の自分を見せたいからするものではなく、私の芝居を観た人が笑ったり何か感じたりする、その時の心の動きがどんなものか探りたくてやっているんです」
さらに「表現の中で、演劇ほどクサくて大変で苦しくて、でも美しいものはない。それが私に合っていたんでしょう」と続けた森岡に、約束の問い「演劇作品をつくる際に一番大事にしているもの」を訊くと……。
「大きく言うと“心”かな。劇団としては、芝居作りで一番大事なのは公演に関わって下さるスタッフさんが、気持ちよく仕事できるように休憩を取ることとお弁当の手配なんですが(笑)。2018年に宮崎県立芸術劇場制作の『神舞の庭』(永山智行 演出)に出演させていただいた、その創作と上演の間に気づかせてもらったことがすごくあって。劇作家の長田育恵さんが夜を徹して行われる神楽を全部観て戯曲を書き上げたことや、神楽の指導をして下さった保存会の方々のお話、初めて自分の身体を通った神楽の動きや振りに感じたこと、何十年も使い続けている面や楽器を貸して下さったこと……。演劇作品をつくるためには本当にたくさんの人が関わり、その方たちの手や心が動き・結びあっているんだと実感できたし、そのことへの感謝や畏怖が強く自分の中から湧き上がって来たんです。また、そういう方たちが根差して生きる土地とその歴史も、すごく大きな存在だと感じた。もちろんそれらを感じて動く、自分の心も大切にしなければ、ですが」
 小動物の軽やかさの内側には、しっかり考える頭とたっぷり感じる心が強く脈打っている。森岡 光が再び舞台に立つ時、彼女の演技が放つ光は今の、このくすみがちな世界を明るく照らし出すに違いない。

取材日:2020年5月24日(日)/大堀久美子

Profile
MORIOKA Hikaru●1989年、長崎県対馬市生まれ。2009年の劇団「不思議少年」立ち上げに参加、メンバーにして看板俳優でもある。儚い女の子からおばあちゃんまで、どんな役でもこなす。演技講師や学校でのワークショップなど、劇場外にも活躍の場を広げている。九州を代表する女優。

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(撮影:藤井真宏写真事務所)
写真:不思議少年第13回演劇公演『地球ブルース』(作・演出/大迫旭洋)
   合名会社 早川倉庫・ほか(2019)

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