2020年5月 赤澤里瑛

赤澤里瑛2

演劇は折々の自分と仕事や環境を繋げるために
必要なもの。
赤澤里瑛 世界劇団(愛媛県東温市)


 赤澤里瑛が所属する「世界劇団」は、愛媛大学医学部の演劇部OB・OGを中心とした医師と医学生からなる劇団だ。赤澤は精神科の、発達に偏りがある子どもたちに関わる「児童精神」を専門とする医師であり大学院生でもある。感染症拡大のため、2月末から4月後半までに行うはずだった、劇団初の4都市ツアー公演は延期に。医師としては、学校などに行けずストレスを募らせる子どもたちのケアに当たっているという。
「調査を行ったところ子どもたちの7割以上が高いストレスを感じており、特に自閉症スペクトラムの子どもたちは、普段以上にこだわりや不安が増し、不安定な行動も増える傾向にあることがわかりました。ウイルスや“自分が誰かを感染させてしまうこと”を過度に恐れ、外出や他者との接触を怖がる子どもたちが、再び安心してふれあい、人と関われるようになるまで、どれくらいの期間がかかるものか……。でもこの先には“密”を禁止されたことへの反動が起き、人と近しく対峙することが求められる時も来るはず。その時“密”が得意な演劇が、必要とされればいいなと思っているのですが」
 赤澤にとって演劇は自身の表現欲を満たすだけのものではなく、医療者として専門領域に臨む時、活用すべきツールでもあるのだ。
「発達に偏りがある子どもたちが、コミュニケーション能力を伸ばすための適切な医療的方法はみつかっていません。そういう時、身体を動かしながら他者と目を合わせてみるなど、シアタートレーニングの手法が効果を発揮することがある。そんな、子どもたちの力を伸ばすために医療と演劇が繋げられたら、というのが私の密かな野望です。
 今の日本は大人から子どもまでコミュニケーションが苦手になっているうえ、失敗が許されない社会になっている。その点、演劇は何度でもやり直せるし、失敗を経験として活かせるので、社会に出る前の疑似的体験にぴったりだと思っているんです。楽しみながら社会への恐れが軽減できる。演劇のポテンシャル、実は高いと思うんです」

 そんな赤澤が本格的に演劇に触れたのは大学入学後。文化部の経験しかなかったにも関わらずラグビー部マネージャーとなり、極端な世界観の違いに衝撃を受けて1年半でやめた後、現劇団代表の本坊由華子に誘われて公演を観に行ったのがきっかけだという。
「ころっとハマってしまったんです。授業を休んで稽古をし、テスト前も深夜まで稽古して明け方まで勉強というような生活で。県外ツアーでは本番前夜に劇場入りしたり、東京日帰りなんて行程もあり、寿命を削って演劇をやっているんじゃないかと思うこともあります(笑)。
 でも医療者という職業がかなり極端な世界なので、それとは違う時間・価値観を持ち続けるためにも演劇は私にとって大切なもの。舞台に関わっていると舞踏家や美術家など、日常では出会えない方々とも接点が生まれますし、劇団内では異なる意見を言い合える空気を本坊が作ってくれるのも有難いですね」

 ただひたむきに演劇に向き合い、自身の職域と結び・活かそうと思考を巡らす。そんな赤澤が芝居づくりにおいて大切にしていることは、「(演劇を)続けていくこと」だという。
「四国の地方都市では、学生時代は熱心に演劇をやっていても社会人になる時に、才能や魅力がある人でもやめてしまうことが多いんです。演劇と仕事、生活の両立が難しい、と。でも私は折々の自分と、周囲の環境や関わる人、仕事や暮らしを繋げ・続けていくことこそ大事だと思っています。
 演劇を始めて9年目。その間には“演劇部を卒業する”と言って後輩に送別会を開いてもらいながら結局やめず、“やめるやめる詐欺”みたいなこともありました(笑)。でも県外の演劇や魅力的な劇団に出会うほどに、自分たちの力不足を悔しく思ったり、刺激を受けたりでまた演劇に引き寄せられてしまう。今、劇団員が年齢的に結婚・出産の時期にかかっていて、休まなければいけない人も居る中、いかに世界劇団を維持していくかの話し合いもしています。2、3年後の予定というか、『夢』みたいなことまでとにかく計画しておこう、と。それは4都市ツアーを延期すること、この感染症禍で医療者である自分たちが演劇を続ける指針は何か、どう行動すべきかなどを考える柱にもなりました」

 古代ギリシャでは、病は肉体と精神のバランスが崩れることで生じるとされ、治療には「癒し」が必要と考えられた。「癒し」を得る手段は入浴やスポーツ、そして音楽や演劇の鑑賞。赤澤らの活動は、2500年以上前の神と人とが近しくあった時代からの由緒に連なるわけだ。心身共にギリギリの人が増え続ける現代、彼女・彼らの医師と演劇人両輪の活動は、続けてもらわねばならぬ「使命」なのかも知れない。

取材日:2020年5月29日(金)/大堀久美子

Profile
AKAZAWA Rie●1991年、香川県生まれ。2016年に「世界劇団」の旗揚げメンバーとなる。以降、俳優を中心として活動し、世界劇団のほぼ全ての作品に出演。演劇活動以外にも、精神科医として働きながら医療現場における演劇の活用を目指し、シアタートレーニングを用いたコミュニケーション・ワークショップなどにも携わっている。

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(撮影:田所正臣)
写真:世界劇団『紅の魚群、海雲の風よ吹け』(作・演出/本坊由華子 )
   シアターNEST(2019) 

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