JPAについて


JPAとは、西洋医学観点と東洋医学観点を両立させた、あなたをきっと驚かせる整体の目線のありかたそのものです。

まずなぜ最初にこれを提唱するかというと、僕たちはJPAを通じ、みなさんの体の目線を変えることで、「ご自身の気づきによって」自分でカラダをよくするテクニックの発見をして頂きたいからです。

JPAが生まれた背景に、美容外科機器を経て、カイロプラクティックや鍼治療、運動療法や呼吸療法を経て、分野を関節の力学に特化させて試行錯誤、検証を重ねたものがあります。効果にインパクトがあります。

僕は医者家系に育ち、しかし医学部に落ちてから、滑り止めの整骨院の大学に通うことになり劣等感まみれの毎日を送っていました。

でもある時目の前に現れたカイロプラクティックの先生から、筋肉と関節の「医者はここまで手を出さないだろう」ってぐらい深いレベルの知見や、その体の影響を目の当たりにして、解剖学の可能性を再認識しました。

そこから別人のように火が付き、「筋肉と骨に関しては医者が到達できないレベルまで極めてやる」と決心し、大学の授業を捨てて図書館に入り浸ること2年間、師匠の治療技術を血眼で観察し、少しづつ体得しては自分で応用しての日々でした。

「お前は10年で私を超えろ」と言われて3年後には、技術だけならもうその粋に達していた。ゴッドハンドの正体には、23歳の時にとっくに気づいていた。だからこそ僕が知りたかったのは人間の要素すべてを使って出来ることとできないこと。その理由を整理したかった。手で出来ることの限界に、人が人の体にできることの限界に悩んだ。

治療家として医者と戦うには言い訳は無用。目の前の人の体に何ができたか、その結果だけ。そういう思いでやってきました。だからこそ、施術の効果ははたから見ればぶっとんでいると言われます。自分でもそう言えることが当たり前すぎるほどに感じるほど。未だに施術には人体というパズルを解きすすめる面白さがあって、やるたびに進化するから。

同時に、だからこそ、施術、治療は一方で人に依存を生みやすいものである事を僕たちは知っています。

僕たちにケアしてもらわなかったら治らない、良くならない。
これは断じて違います。

僕はJPAの施術プログラムの案内を出しますが、施術本来の目的をここですり合わせたい。

施術本来の目的は発見を楽しんでもらうことです。

「自分の体は自分で変える力がある」なんて誰からいくら教わろうと、言葉で永遠に考えてもわからない時はわからない。でもそれが答えでそれに気がつくことが何よりも体にいいこと。だから体で「ほら」って体感覚で強制的に気づいてもらうこと。これが施術をする理由です。

自分のカラダの内部感覚的な気付きを一気に得るという目的で、施術は素晴らしいものです。

そして僕はクライアントに「二度と」同じ施術をしません。

体の感覚の変化を一度関節を通じて知覚してしまえば、あとは言葉でも十分だから。

それほど依存を嫌っています。自分でできる事に気づいてほしいという目的にこだわっています。

一歩気づけば必ず次の発見があり、それは体に現れ、そこには以前とは別のテーマがあればその時、新たな一回目の施術があるだけです。

治療法や美容法は、それが派手になればなるほど、本当は自身のカラダの作用があったからこそその効果があったという事実が見えにくくなります。

味が濃いものを食べた時、その料理の味が濃いことよりも味覚の機能が正常に働いていることを安心する人は少ないです。

美容業界の99%がこの真実をあたかも隠すかのように、「この美容法のパワーがすごいんだよ」と「味が濃いでしょ」とアピールをします。

プラセンタも美顔ローラーもなかった中世の時代にもきれいな人はいっぱいいた。むしろ平均してなんとなく腸活を意識したことがある現代人よりもそんな考え知らない大昔の人の方がプロポーションはくずれていない。

美容業界の根本的なところからおかしいって、ずっと気づいていたけどかつての僕はうまく整理できなかった。

健康や美容面で目的を達成させてくれるものは、受動的な姿勢だけではなく、体の内部感覚をつかむことが第一歩です。

こういう話をすると、「ああ、JPAってヨガや瞑想の類ですか」と解釈する人もいます。

JPAは、体の内部感覚をチャクラと呼ばれる感覚をつかみにくいものではなく、関節にある力学に落とし込んでいます。

神社のご利益は使いこなせなくても、力学に落とし込めれば誰でも使いこなせる。人間はそういう発見で進化してきた。

ちなみに僕は神社のご利益とかスピリチュアルな考え方は大いに賛成派です。世界の成功者やマスターと呼ばれる人にも教わってきた。

それでも世界に「心の力が大事」という言葉がありふれているのに、人々に届かないのは受け入れない人が悪いんじゃない。ここが整理されて伝えられていないからだと思っている。

体にも力学があります。そして力学には「てこの原理」という人々の生活に便利さをもたらした発見があります。てこの原理は「誰でも知って、応用が簡単であること」がチャクラや瞑想の恩恵との違いです。

体の中にあるてこの原理の活用を知ってもらうことこそが、JPAの意義かもしれません。


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嬉しいです。ありがとう
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すべては考え方と気付きから。そのために見方の角度を変えること。 ことカラダというテーマに関して、僕は矛盾の壁を壊せるほどの知見を放ち続ける。 これを虚偽なく伝えたい一心で、10年間脳と心を燃やし続けてきた。
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