おやすみ私_ヘッダー1

おやすみ私、また来世。 #8

 毎年十二月になると思うことだったが、今年が残りひとつきで終わるなんて感覚は全く感じられなかった。子供の頃はもっと年末感があり、クリスマスや正月が近づくとそわそわしたものだったが、一人暮らしをすると季節に無頓着になった。だから世間が師走で忙しい時期だということにも気づけないでいた。外を出歩くときに寒さを感じ、クローゼットの奥からコートやジャケットを取り出すことで、ようやくそれを理解するほどだった。
 ──彼女との集会は、月一度くらいの頻度まで減っていた。センター試験も近づき、それは仕方のないことだったが、共通の話題でもある相対性理論の活動も鈍くなり、彼女と会うきっかけがなくなっていた。そんなとき、彼女から「明日、今年最後の集会をします」とDMを貰った。僕は嬉しさに一睡もしないまま、いつもの場所へと向かった。

 改札で待っていると、時間ぴったりに彼女が現れた。何だか随分久しぶりのような気がして、涙が出そうになる。冬服を着た彼女を見るのは新鮮だった。彼女は襟と袖にもこもこが付いた白いコートを着込んでいた。全身の見てくれは、白猫というよりはアンゴラウサギのようにも見えた。
 寒さもあったのかもしれないが、受験勉強で疲弊して、見る度にやつれているように思えた。僕が何か気遣うような言葉を掛けようとしたとき、彼女は何かを察したのか「──そうそう、今日は集会だから他の話はNGで」と、力なく笑った。

「──それでね、“月にはサンタクロースがいる”っていうジム・ラベルの言葉は、この界隈ではサンタクロース=異星人と言われているけど、実際のアポロ8号とヒューストンとの通信記憶を辿ると、地球に帰還するために絶対に失敗できないエンジン噴射が成功したことをクリスマスプレゼントに例えて言ったというのが公式な見解なの。この頃、丁度クリスマスの時期だったみたいだし、私はこっちの説も好き」
 始めこそ顔色も優れなかったが、彼女はいつものように講義をするうち、元気になってきたのか、その口弁は次第に滑らかになっていた。センター試験も間近に迫り、少しでも時間を無駄にしたくないはずなのに、ずっと勉強漬けで抑圧されていた説教欲が爆発したようだった。
「でもね、やっぱり月には何かがいると思う。アポロ計画で月面周回をした宇宙飛行士の多くが、謎の発光飛行体を目撃したって言っているし、アポロ10号の飛行士たちは、外宇宙から口笛のような音楽が聴こえたとも言っているの」
「まるでコズミックホラーだな……でも、実は人類は月面に到達してないって話もあるよね? 自分の生まれる何十年も前、ファミコン以下の性能のコンピュータしかなかった時代に、人類が月面に到達できたなんて、ちょっと信じられない」
 僕は冷たくなったフレンチフライポテトの残骸を貪り、彼女を少し挑発した。
「アポロ計画陰謀論──確かにそんな説もある。旧ソ連との宇宙開発競争の真っ只中、人類史上初めて有人宇宙飛行を成功させたのはソ連だったし、アメリカはどうしてもソ連よりも先に月面に人類を送り込みたかった。だからこその捏造っていう説」
「なんだっけ? エリア51で撮影されたとか、オーソン・ウェルズが脚本を書いて、ハリウッドのスタッフがアリゾナで撮影したとかってやつ?」
「惜しい。ウェルズじゃなくてアーサー・C・クラーク──で、一番疑われたのは残された多くの写真。真空なのに星条旗がはためいているだとか、同一の景色ばかりなのは、背景を使い回しているからだとか、セットなのかCという印のつけられた岩が写ってるとか色々ある──私はそれも否定はしないけど、去年の七月にNASAのLROが高解像度カメラで、着陸船から歴代アポロの着陸痕や、宇宙飛行士の足跡を確認したみたいだし、人類が月面に到達したのは確か。でも、ひょっとしたら地球上で撮られた写真もあったのかもしれない」
「それは何のため?」
 想像通りの質問がされたことに彼女は口角を少しあげ、半ば恍惚の表情で話を続ける。
「世間に見せられない何かを隠すため」
「──何か?」
「うん。それは月面に立つ建造物だったり、朽ちた宇宙船だって言われてる──それを隠蔽するため、撮られた写真を修正したということ──きっと、そこに違和感を感じた人が捏造と囁いたりしたんじゃないかって」
「建造物? 宇宙船?」
「うん。それはアポロ計画以前の無人探査機ルナ・オービターの頃から撮影されていたもの。近年の画像解析技術でそれが明るみになってきて信憑性が増してきた。当時の画像は荒くて、NASAも修正する必要なしと判断して、当時は世間に公表してしまったけど、まさか何十年も経ってから、民間の画像処理技術で、そんなものが見つかるとは思ってなかったんだろうね」
「建造物や宇宙船があるってことは、月には何者かがいるってこと?」
「結論から言うと──そうなるかな。とりあえず順番に話すと、アポロ計画は当初20号までの打ち上げ計画があったけど、予算的な都合で17号で中止された。それは、ある程度の成果は得られたからっていう理由はあるのかもしれない。でも、アポロ計画は18号から20号も極秘で進められた。一九七六年に打ち上げられたというから、スカイラブ計画も一段落ついたあとの話だね。その前年の一九七五年には、公式であるアポロ・ソユーズテスト計画が行われた。これが実はアポロ18号という認識はこの界隈では定説。19号と20号の目的はアポロ15号が撮影した月の裏側、イザーク・クレーターに横たわる宇宙船らしき物体と、都市建造物の調査だった。でも19号はミッション終了後、地球に帰還する途中に事故に遭い消失してしまった。辛うじて事故前に地球に送った画像が残されていて、そこには月面にある都市建造物らしきものが写されていた。私はこれがただの事故とは思えないけど、どうなのかな──そして20号は一九七六年八月一六日にベル研究所のウィリアム・ラトリッジ、同じくベル研究所のレオナ・シュナイダー、そして前年のアポロ・ソユーズ計画にも参加したソ連のアレクセイ・レオノフ、この三人の宇宙飛行士を乗せて打ち上げられた。そして20号は月面にあるノアの方舟と呼ばれる巨大宇宙船に到達し、乗組員は内部に侵入して調査を行った。二〇〇七年に乗組員の一人に、あるジャーナリストがインタビューをしたときに様々な質問をしていて、その葉巻状の巨大宇宙船は、全長が三〇〇〇メートルもあって、一五〇万年前に宇宙を航行していたっていうのね。船内には多くの生命存在の痕跡があって、太陽系外の生物の兆候もあったらしい。船内のいたるところには一〇センチほどの小さな生物の残骸があったりもした。そして一番の収穫は、そこで二体の人型異星人のミイラを発見したこと。一体は男性のようで身体の損傷が激しかったけど、もう一体の女性の方はほぼ無傷だった。身長は一六五センチ、毛髪や生殖器の存在が認められた。額に謎の突起が生えていたことから、地球外生命体であることは確か。この女性異星人はモナリザと名付けられ、地球に連れて来られたとも言われてる。そして驚くことにモナリザには、そのときまだ生体反応があったっていうの。真相はどうであれ、モナリザの動画がYouTubeにアップされているから今も確認もできる。でも、それらについてNASAは公式なコメントは一切出していないけどね」

https://www.youtube.com/watch?v=Ts6PDl_1NdM

「──情報量が多すぎて、どこから突っ込んだらいいかわからない……でも、そのモナリザは月に住んでた人ではないんだよね?」
「そうね。遥か昔に、ずっと遠くの星系から来た高度なテクノロジーを持った異星人なんじゃないかな。月や地球の探査に来ていたのかもしれないし、何らかの目的で、この辺りを航行していたのかもしれない。だけど事故に遭って月に不時着したのは確かみたい。実際、宇宙船には隕石か何か、大きな衝突痕があったらしいし──」
「それが一五〇万年前? のちの人類がようやく火を使いだした頃に、ずっと遠くの宇宙から来てたのか……なんか、とてつもない科学技術力だな」
「うん。それとノアの方舟って呼ばれてる通り、元々住んでいた母星に何か問題が起こって脱出してきた二人なのかもしれない」
「へぇ、ロマンティックな話だけど、こんな宇宙の辺境まで来て、結局はミイラになるなんて悲しいな」
「そうね。でも、それをどうこうできるテクノロジーが地球には未だにないからね」
「──あれ? じゃ、月面にある建造物は何なの? 誰が造ったの?」
「それはわからない。ただ、月面にはいくつもピラミッド状の構造物があったり、五〇メートルほどの透明な円形のドームがあったり、高さ一四キロもあるキャッスルと呼ばれる建造遺物があるのは確か。今もNASAの元関係者が画像をリークしたり、一般人が公開された画像の中から探し出したりしてる。アポロ月面到達時、資料として写真が何万枚も撮られたはずなのに、NASAが世間に公開したのは、その数パーセントにしか過ぎなくて、後年、NASAはそれを全て破棄したっていうのね。人類が初めて月面に到達した貴重な資料なのに、破棄するなんて何かおかしい。アポロの乗組員は常にUFOが現れて監視しされていたって言うし、月に何かあることは確か。NASAはずっとそういうことを隠蔽してる。アポロ以降、月面に行く計画がないっていうのも、行ったら何かしらの問題があるからじゃないかと勘ぐってしまう。今でこそ裏側の様子もわかってきたけど、常に地球に向けている面が同じだったり、地球の衛星としては規格外に大きかったり、月の中身は空洞っていう説もあって、月は人工的に造られた衛星だと説く研究者さえいる。私の推論としても、やっぱり月には高度なテクノロジーを持った異星人が来ていて、地球を観測する前線基地にしているんじゃないかなって思う。それどころか月そのものが巨大な宇宙船で、遥か昔に地球にやってきて、衛星として人知れず回ってるんじゃないかな、なんてね──とにかく月は謎の多い天体。地球から一番近くにあるにも関わらず、ほとんど何も解明されていない。人類は未だその程度のテクノロジーしか持ってないのね」
 彼女の分析力にはいつも感心させられた。その情報収集能力も然ることながら、それを咀嚼し、彼女なりの結論として提示してくれる。それが秘密結社みらい観測クラブの実態だった。
「──あ、それとね。ジン君だけに話すけど、来年の二月か三月に何か良くないことが起こる。具体的にそれが何かってことはわからない。でも、それを意識していて」
 それは二次情報ではない彼女自身の言葉だった。彼女が明確に不吉なことを言ったのは、それが始めてのことだった。

あおり@aoriene・2010/12/6
作者多忙のため、しばらくおやすみします。

┃あおり@aoriene・2011/1/16
┃ようやく開放。
┃とにかく疲れた。

┃神@zinjingin・2011/1/16
┃おつかれさま。
┃とりあえずゆっくり休んで!

あおり@aoriene・2011/1/18
なんだか人生ってうまくいかないのね。

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