おやすみ私_ヘッダー3

おやすみ私、また来世。 #24

 僕は彼女が興味のありそうな記事を見つけてはリツイートした。それでも彼女からは何のリプライもなかった。連絡が途絶えて、すでに三ヶ月以上が経っていた。以前にもそれくらい会わなかったこともあったが、連絡は取れていた。しかし今回はそれすらない。
 僕ができることは、何かをツイートし続けることだけだった。彼女が何処かで見ていることを信じ、途切れないように毎日何かをつぶやくだけだった。

 気がつくと、いつも当て所無く彷徨っていた。何処にも彼女の姿を見つけることはできなかった。いつしか一日の終わりを、半ば義務的に御茶ノ水のロッテリアで過ごすようになっていた。
 僕はここで彼女の話に耳を傾けていた。初めてここで集会をしてから、もう三年にもなる。テーブルにつくと、饒舌に話す彼女の姿が目に浮かんだ。物理学の崩壊や死の概念、陰謀論や遥か未来の世界の予言──彼女は宇宙の秘密と真理を求め続けていた。
 ここには彼女の残留思念があるように思えた。僕はそんな彼女の残り香を探そうと瞼を閉じる。でも、それを感じ取ることはできなかった。
 ──どれくらいの時間そうしていたのか、若い店員にもう閉店することが告げられる。僕は急いで空になったトレーを持ち席を立つ。

 店を出て駅に向かう途中、小さなスマホの画面を確認する。リツイートばかりで、最近はあまり自分の発言をしなくなっていたが、自分の興味のある情報を効率的に得るには、やはりTwitterを眺めるのが手っ取り早かった。
 僕はいつものように、一方的に投稿され続けるツイートを斜めに読み飛ばしていた。そんな溢れるTLに紛れるかのようにして、そのつぶやきはあった。僕はそれを見つけ、フリックする指を止める。そして不自然に鼓動が早鐘のように鳴った。

あおり@aoriene・2013/3/5
これ、誰か、わかりますか?

 それは、彼女の三ヶ月ぶりのツイートだった。

 三月の風はまだ肌寒く、中野駅のホームに降り立った僕は、コートの襟を正して冷たい風を防いだ。電車を降りた周囲の人々も皆、身体を丸め、足早に目的地に向かっていった。
 ──中野ブロードウェイという巨大ショッピングモールを有した中野は、出店する店舗の特殊性から、秋葉原と並ぶ東京のサブカルチャーの聖地と呼ばれていた。
 東京の東寄りに生まれ、彼女ほど強くサブカルを意識して生きてこなかった僕は、中野という街に特に思い入れはなかった。そして彼女が吉祥寺でも荻窪でもなく、この中野に住んでいるという事実に、僕は彼女らしさを感じた。
 ──これ、誰か、わかりますか?
 昨日、呟かれた三ヶ月ぶりの彼女のツイート。その違和感のある言葉に、彼女は記憶喪失にでもなったのかと思った。何らかの事故で記憶を失った彼女が、自分を取り戻すために、Twitterで自分を知る者に呼びかけているのではとも思った。しかし冷静に考えれば、そんなピンポイントに記憶の欠落をするわけもなく、それはこちらの単なる都合のいい妄想にしか過ぎなかった。だから、彼女がどうしてそんな言葉を呟いたのか全くわからなかった。
 結果から言えば、あのつぶやきをしたのは彼女ではなかった。それは残念なことではあったが、僕以外に彼女に気をかけていた人物がいたことに安心した。
 僕の目の前から彼女がいなくなってしまっても、周囲は何も変わらない。SNSやネットニュースを好んでいたが、特に自分が有名になりたいわけでもない。だから彼女のツイートが途絶えても、世間は何の影響も及ぼさなかった。人ひとりがいなくなったのに、これだけ何もないと、あおりなんて娘は元から存在せず、僕の妄想が生んだ非実在彼女だったのかもしれないと思ってしまうほどだった。
 しかし僕は今日、そのつぶやきをした本人と会う約束をしていた。彼女の名を語る、質の悪い悪戯かもしれない可能性もあったが、今はそれに縋るしかない。彼女は何処に行ったのか、どうして彼女はいなくなったのか、その理由を知るために、どんな些細なことでも、僕はとにかく情報が欲しかった。
 都内でも有数の繁華街であり、住宅地でもあるためか、駅を利用する乗降者数はかなり多く感じた。若い学生から、この地に永く住んでいるであろう老夫婦まで、たくさんの人たちが、改札をくぐり抜けていった。この先、何処に行くのかわからない他所者の僕だけが改札口に取り残された。
 あのツイートを見たあとに、僕に宛ててDMが届いていたことに気がついた。僕はその人物と何度かDMのやりとりをし、今に至る。あのツイートを見てから、まだ十二時間ほどしか経っていない。
 ──普段使うことのない駅に戸惑いながら、僕は待ち合わせの相手を探す──しかしそれをするまでもなく、僕は自分の名前を呼ばれて振り返った。
「──オリハラジンさん?」
 そう声を掛けて来たのは、ショートボブの二〇代前半くらいの女性だった。知らない人だった。それでも僕は、何処かその顔に見覚えがあった。
「はじめまして、神園美祈です」
 目の前の女性は僕にそう名乗った。

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