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南部鉄器のカラーポットを買った話

19_12_31_南部鉄器のカラーポット

「南部鉄器が欲しい」

彼女が初めてそう言ったのは、5年ほど前のウィンドウショッピングだったでしょうか。
何やらお洒落で上質な雑貨の並ぶお店の一角で、ずっしりと重い鉄製のポットを手にしながらそう言ったのです。


「はあ。しかしあなた、緑茶や紅茶を淹れるポットならもう持っているじゃありませんか?」
「違う、違うの。ちょっといい気分で丁寧にお茶を淹れるための、ちゃんとしたものがほしいの」
「ははあ。しかしいいお値段ですな」
「そこなのよね問題は」
「重いし」
「重いわね」
「お手入れも大変なんじゃないですか」
「そうでしょうね。でも欲しい」

その時の「欲しい」は、それこそ「あの星が欲しい」というくらい現実味のない空想話の類に聞こえましたので、私は軽く聞き流しておりました。


それから1〜2年ほどでしょうか。
「やっぱり欲しいのよね」
それなりに使いやすいけれど特に気に入っているわけでもないらしいガラスのポットでお茶を淹れながら、彼女は呟きました。
「私はそのポットに、愛着があるんですけどね」
「ええー…? まぁ、きらいじゃないけれど」
「ああいうのは重いし、高価いし、扱いにくいんじゃないですか」
「だからこそ大事に使おうって気になるんじゃない?」
「ふむ」

それからまた1年ほどのち。
欲しい欲しいという割に自力では探そうとしない彼女に代わって、
さてどんな品があるのかなと調べてみる私です。

「このあたりがいいのじゃないかな?」



南部鉄器カラーポット専門店
au-dela des mers(オ ドゥラ デ メール)


まぁこれはかわいい、これは素敵、
と彼女は口元をほころばせながら色とりどりのポットたちを吟味しました。
それからまた半年ほどが過ぎました。

「で、何が欲しいか決まりましたか?」
「うーん」
「何色がよいのです?」
「うーんうーん」
「サイズは?」
「サイズは、そこまで大きくなくていいの。形は…うーーーーーん」
「…大阪梅田の阪急百貨店でも売っていましたよ」
「見てくる」
「行ってらっしゃい」


「行ってきました」
「決まりましたか?」
「これ!」

と彼女が指し示したのは、丸みを帯びたシルエットにスラリと美しい縦筋の入った、深いブルーのポットでした。

「青、ですか」
「え? …だめ?」
「意外でした」
「これが一番綺麗だと思ったの」
「私は、写真を見ている時、白と金のCAMOMILLEが素敵だなと思っていました」
「素敵よね。でも実物を見ると、シンプルなKIKUの青がいいと思ったの」
「なるほど。ローズやターコイズの鮮やかさもそそりますが」
「何故ここで惑わそうとするの…」
「いえいえ、あなたのために買うのですから。アジュール、いいじゃないですか。ポット敷きもKIKUのアジュールでいいんですね?」
「うん」
「合点承知」

さて、買うと決めたはいいが、下手にぶつけたりして傷がついたらいやだ。
荷物が多いときにはいけないな。心と体に余裕があるときに買いに行こう。


そうこうしているうちに、あっという間に半年が経ちました。
類は友を呼びます。


そして11月も終わりが見えた頃、
「そういえば来月はクリスマスだな」
と気づいた私は大阪梅田・阪急百貨店へそれを買いに行きました。


7階台所用品売り場、南部鉄器のコーナーへ。
行ってみたら南部鉄器はあるけれど、オ ドゥラ デ メール のカラーポットは置いていない。
「すみません、あれはもう通販でしか買えないんですよ」
売り場のスタッフさんにそう言われ、
そうかならしょうがないな…と帰宅してウェブサイトを開きました。

色とりどり、形もさまざまな美しいポットが並んでいます。眼福。
しかし、おや…???

製造販売終了!!!!????


私は即座に製造元のアンシャンテ・ジャポンにメールで問い合わせました。
ここでSOLDOUTになっているものは、本当に手に入らないのかと。

すると数時間で電話がかかってきました。

「すみません、本当にもう在庫がないのです。KIKUは人気商品ですし…
 しかしもしかしたら、京都の高島屋さんなら、まだあるかもしれません」

そうご連絡いただき、私は続けて高島屋さんに電話をしました。
電話対応してくださったスタッフさんはこう仰いました。

「オ ドゥラ デ メール の KIKU No.5 のアジュールと、
 同じくKIKU アジュールのポット敷きでございますね。
 はい、2点だけ在庫がございます。
 ポット敷きは店頭に並べていたものしか残っていないので、
 少し傷がございますがよろしいでしょうか…?」


本当にギリギリでした。

そして私は少し悩み、しかしほぼほぼ選択の余地もなく、
そのポットとポット敷きを郵送していただくことにしたのでした。
梅田ですぐに買っていれば、傷もなく送料もかからなかったのに…
鉄器というのもナマモノだったのです。
欲しいものが、欲しいと思ったときにまだそこにあるとは限らない。
これは教訓です。
しかし手に入っただけラッキーだったのもたしか。
私は彼女に贈る星を手に入れました。

「プレゼント包装でお願いいたします」



”アジュール(azur)”とは青色のことを指します。

語源はペルシャ語のلاژورد ( lazhward / ラジュワルド)。
これは本来は現在のトルキスタンにある地名だったのが、その地で産出する青色の宝石のラピスラズリを意味するようになり、やがて色名になったそうです。
高校生の頃、宝石や鉱石の図鑑を読みふけっていた頃に知りました。
「ラピスラズリの色…」と強く印象付けられたので、
アジュール、アズールと聞くと深い藍色を思い浮かべます。
実際には薄く明るいのも含め青系統の色全般を指すそうなのですが…
オ ドゥラ デ メール の青色は私のイメージ通りのアジュールでした。


「ありがとう。高価い買い物だったでしょう」
「5年越しのプレゼントと思えばあまりに安すぎるくらいじゃないですか。
 私はこの5年、誕生日プレゼントすらろくに贈りませんでしたし」
「それもそうね。このやろう」
「ごめんて」
「しかも傷物だし。ばーかばーか」
「ついでの詫びといっては何ですが、これもおひとつ」

このカラーポットを製造しているアンシャンテ・ジャポンは
フランス紅茶の輸入販売をしてらっしゃる会社です。

紅茶の手紙「C’est l’heure du thé !」
http://www.enchan-the.com/degustation/index.html


紅茶にメッセージを込めて送る『紅茶の手紙』ができあがりました。
大切な人へ。ご無沙汰している方へ。
香り豊かな紅茶に気持ちを託してポストへ投函。
「こんにちは!」 「ありがとう」 「お元気ですか?」
短い言葉とともにお茶の時間をお届けする『紅茶の手紙』です。
お届けする方をイメージしたり、あの方のお好みにあわせて6種類の紅茶の中からピッタリのお茶をお選びください。
封筒の中には、1種類~2種類の紅茶を入れることができます。
1種類の紅茶には、2つのティーバッグが入っています。
ENCHAN-THÉのティーバッグは大きめに作られていますので、
1個で大きめのマグカップに1杯。または、小さめのカップ約2杯分の
お茶をお楽しみいただけます。

*メッセージを記入できるカードもついています*


「私は紅茶の良し悪しなぞわからないから、ほとんど語感で選んでしまったけど、この『冬の紅茶』はなんだか甘くて美味しそうだし、どうやら人気のようだから。『キモノ』も鮮やかで素敵でしょう。
 これはティーバッグ2個入りのささやかなタイプだし、もし口に合わなくてもすぐに消費できそうだし、気に入ったならまた買うし」
「わかったわかった」
「あとアンシャンテさんの迅速で丁寧なご対応に感動して」
「高島屋さんは?」
「京都に向かって土下座!」
「足りない!五体投地!!」
「お忙しいところ手厚いご対応まことにありがとうございました!!!」


「で、まぁ、せっかく買ったのだから早速お使いなさいな」
「だめ。これは休日に特別な気分でまったりこっくり淹れるの」
「お、おう」
「この部屋では特別な気分になれないわ」
「部屋ですと」
「ウォールナットのテーブルと、それに見合うチェアと、たくさんの本棚に囲まれたブックカフェ風のリビングを作って、」
「いつまでかかるんですかそれ…」

と、ここまでが2018年の出来事です。
(そして彼女は2019年に自分でテーブルとチェアと本棚を買いブックカフェ風のリビングを実現させました)

画像2

そして2019年の休日に特別な気分になったらしい彼女は、
念願のカラーポットで『冬の紅茶』を淹れたのでした。

「いやァ…長かったなァ…」

「こうして見ると、ポット敷きの、傷…?なんてちっともわからないわね」
「本当に。綺麗なもんです」
「よく手に入れてくれたわ。ありがとう。嬉しい」
「いえいえ。間に合ってよかったです。本当に」

(…間に合ったのか?)


カラーポットはあくまでポットであり、ケトルではありません。
錆びや色落ちのもとになるので、外側を濡らさないよう注意しつつ…少し前に買ったばかりの白いケトルから、熱湯を注ぎます。
群青にスゥと上品な線が放射状に伸びている様は、上から見下ろすとまさに菊花。
アジュール…ラピスラズリの青色の、冬を封じた小袋へ。

そして、そっとフタを被せます。
湯を注ぐとポット本体もフタのつまみも熱くなるので、下手に触らぬように気を付けながら。

飲む前も、飲んだ後のお手入れもそこそこ手間がかかります。
面倒で、心と体に余裕がなければ億劫な作業でしょう。
しかしまぁ何はさておき、彼女が楽しそうで、かつ嬉しそうで何よりです。


紅茶を蒸らしている間にティーカップをあたためます。
それはドイツの古道具屋で彼女が一目惚れしたデミタスカップ。
濃い青とローズピンクの揃い。
はて、これはたしかコーヒーを飲むためのカップだと聞いていたような気がするが…まぁ、細かいことはよろしかろう。
瞼の裏に、生まれて初めての海外旅行だとはしゃいでいた姿が蘇る。


しばし待つと、
チョコレートのような甘い香りがふぅわりと漂いはじめました。
いや"ヴァニラ、キャラメル、 カカオ、カフェ"…だったか。

「甘党のあなたにはちょうどいいかしらね」
「かもしれませんね。お茶菓子も、いらないか」
「エクレアがあるわ」
「えっ、うわ、なんか予想以上に立派なのが出てきた。
 これ、いつも行列のできてる店のやつじゃないですか」
「3日前、この店の苺のエクレアをあなたにふるまう夢を見てね」
「夢」
「現実にしてやろうかなと思って」
「そんな理由でわざわざケーキ屋さんのお高いエクレアを並んで買う人がいるとは…」
「苺はなかった」
「十分です」
「かわりに抹茶と、カフェモカと、シトロンの」
「十分すぎます」

日頃の感謝をと贈り物をしたつもりが、
逆にこちらが十重二十重に甘やかされているこの現状や如何に。

「あのお店のエクレア、美味しいと評判だけど並ぶのが億劫で、今まで一度も食べたことがなかったの。
 だけどあなたにこのポットをもらって、あんな夢を見て、さては今がその時かと思って。試しに問い合わせてみたら、予約をすれば並ばずに買えるとわかって。考えてみればそりゃそうよね。苺はなかったけど」
「あ、並ばずに買えたんですね。よかった。この寒さだから」
「苺はなかったけど」
「…春になったらまた覗いてみましょう」


「ラピスラズリの和名は瑠璃ですが、青金石ともいいましてね」
「うん?」
「ラピスラズリの主成分である鉱物を、青金石と呼ぶのです」
「へぇ」
「ラピスラズリは青に金が混じって、星を散らした夜空のようだから、私はこの呼び名も好きで」
「ふぅん」
「語源の地名から転じた、ラジュワルドもよい響きです。群青の空の色。
 ラピスは石で、ラピスラズリは天空の石、星空の化石、なんて」
「酔ってるの?」
「ちょっと背伸びをすればいつでも手がとどくくらいの高さにある星だったんですよねぇ」
「何の話?」
「こちらの話。紅茶もたまにはよいものですね」
「でしょう。あなた、ミルクとお砂糖をたっぷり入れないと飲まないけど、これなら」
「ストレートでも美味しく感じますね。紅茶党には怒られそうな言い草ですが」
「私、別に怒ったことないでしょう」
「そういえばそうでした」


「冬ねぇ」
「冬ですね」

うふふ、と彼女はまた笑いました。



何はさておき、彼女が嬉しそうで何よりです。

半実録の創作です。
アンシャンテ・ジャポンさん、京都高島屋さん、ありがとうございました!

フランス紅茶専門店 アンシャンテ
http://www.enchan-the.com/index.html

南部鉄器カラーポット専門店 オ ドゥラ デ メール(販売終了)
http://www.uminokanatani.com/


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