空間に侵食する絵画:10年代の日本の絵画について

新しい絵画のかたち

2010年代、日本の現代アーティスト達の間では新しいタイプの絵画が幾つか探求されていたが、その中でも特に目立っていたのは 複数の絵画によって壁面や空間をまるごと一つの作品へとまとめ上げるスタイルである。ここでは仮に空間侵食型の絵画と呼ぼう。そのスタイルがなぜ影響力を持ち、どの様に発展していったのか。自分なりの考察をまとめてみた。

特殊環境下での現地制作

この空間侵食型の絵画が発展していった理由のひとつとして、作品発表の機会を求めた若手アーティスト達によるオルタナティブな空間での展示の増加が挙げられる。地域おこしの一環として日本全国で流行った『地域アート』、空き物件を利用したアーティスト達の自主企画など、特殊な会場で作品を展示・発表する機会が増えたのだ。だが歴史と文脈が深く刻み込まれたそれらの空間に、ホワイトキューブ向けの上品な絵画は上手くハマらない。アーティストは限られた期限と予算の中で、空間の特性を活かして作品を現地制作する必要がある。そこで必然的に選び取られたのがインスタレーション的な作品形式、つまり空間侵食型絵画だと言えるだろう。

共同制作としてのグループ展

ほぼ同時期に複数作家の作品がひとつの空間芸術としてゴチャ混ぜに配置されたグループ展が増え、空間侵食型絵画の方法論はホワイトキューブでの展示にも適用され始めた。これはアーティスト(特に画家)がキュレーションすることで生まれたグループ展の形式ではないだろうか。画面を構成する能力をそのまま、作品を使った展示空間の構成へと応用しているのだ。作品は目線の高さに展示されるとは限らず、全体のバランス次第では足元や天井近くにも配置される。個々の作品を最高の条件下で鑑賞できるように構成するキュレーターの発想とは真逆である。しかしこの方法論によって玉石混淆で文脈に一貫性がなくとも素晴らしいグループ展が作れてしまうのも確かなのだ。

ひとつの作品をこだわり抜いて制作する傑作志向の画家と空間侵食型のグループ展は絵画の性質からして相容れないだろうが、小型・中型の秀作を軽やかにたくさん制作するタイプの画家は、この手の展示を一種の共同制作と捉え、好意的に参加できるだろう。各自持ち寄った具材で豪華な鍋を作る感覚である。

カオスラウンジの影響

カオスラウンジおよび新芸術校周辺には特に、空間侵食型の絵画を自分のスタイルとして確立させたアーティストが多いように思う。様々なテイストの絵画を複数配置して展示空間を構成する名もなき実昌、絵画と空間装飾、および作家本人の語りによって展示空間全体で丁寧なストーリーテリングを行う弓指寛治らが挙げられるが、枚挙にいとまがない。当初はオタクカルチャーに基づいた表現で注目を浴びたカオスラウンジだが、実際に次世代の作家へ強い影響を与えたのは、これらの共同制作や空間の扱い方に関する部分ではないだろうか。

絵画と空間の今後

だが芸術祭とレジデンスのブームはすでに終わったようだ。更にコロナの影響で、空間を最大限に活かした表現は今後しばらく難しくなる。作品と空間の扱い方に対する発想の転換がまた必要となってきた。

今後はウェブを可能な限り有効活用するしかないだろう。今までは空間に合わせて作品を制作していたが、今後は作品の魅力を最大限に引き出せるデジタル空間を作り込む、真逆の方法論が必要になるかもしれない。すでにそのアイデアを2018年からいち早く探求していたのが、世界最大のメガギャラリー、ガゴシアンである。アートフェアに行くため世界中を飛び回るコレクターに配慮して、ウェブ上でも上品かつ魅力的な作品展示を可能にしたオンライン・ビューイングルームを考案し、実際にとてつもない販売利益を挙げている。

ポイントは、ガゴシアンはVRや365°画像を使って現実空間の再現や疑似体験を目指すのでなく、ネット上だからこそ可能な新しいタイプの鑑賞体験を提案している点だ。サイトのデザインはホワイトキューブと対象的に、黒を基調とした“ブラック・スクウェア”である。作品は1作品づつしか観ることができない。画面をクリックすると高画質な画像が飛び出してくるため、作品との出会いに新鮮な驚きと感動がある。Amazonのような作品画像の並列表示とは全く異なる印象を受ける。すでに大手ギャラリーたちもこの流れに追従している。これに反応する形でキュレーションやグループ展のあり方、更には求められる作品の形式も変わってくるだろう。

不安定な状況だが、アーティストはこの状況の変化にも希望を見出し、適応して乗り越えていくことだろう。



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