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神里雄大/岡崎藝術座 新作レクチャーパフォーマンス『いいかげんな訪問者の報告』ワールドプレミアレポート

神里雄大/岡崎藝術座の新作レクチャーパフォーマンス『いいかげんな訪問者の報告』が京都芸術センターにて1月16日初日を迎えた。

昨年第62回岸田國士戯曲賞を受賞した神里雄大の新作では、彼が訪れた南米の国々で出会った日系人の人びととのエピソードを基に神里自身がレクチャーをし、パフォーマンスをする――炭火で、肉を焼きながら。

【はじまりは肉とともに】

受付では「お肉を焼きますので、もし匂いが気になるようでしたら上着などはこちらにお預けください」との案内がされ、それは劇場受付というよりはむしろ焼き肉屋に入った時の案内を思わせるものだった。

場内には机と椅子が一列に並べられていて、劇場の客席ではなくどこかの地域の集会場、あるいは食堂のような雰囲気を思わせる。

開演時間になると、おもむろに火の点いた炭の入ったコンロを持った神里が現れた。

シャツの上に紺地のエプロンと手袋をつけ、炭の世話をし、鉄網を並べる姿はさながら肉バルの店主のようでもある。

はじめに「みなさまの安全のために」と題された映像で、上演に際しての注意事項が説明された後、「じゃあ早速なんで肉を焼きます。観に来て下さい。」の言葉に、思わず火の回りに集まる観客たち。

「これは牛の内モモの肉で脂身が少なく、現地で食べられている牛肉に近いものを選びました」と、とても大きな4つの肉の塊を網の上に置くと「ジュー!!!」という香ばしい音がする。
(※横浜公演ではランプ肉となる予定)

肉を焼く、ただそれだけのことではあるが、なにしろ肉が大きいのでかなりの迫力である。

焼かれる肉と、それを焼く神里を写真におさめる観客たち。大きな塊肉はそれだけで十分フォトジェニックである。

「現地では肉を食べる時にニンニクやパセリを刻んで酢と油を入れた“チミチュリソース”を付けたりもするんですが、僕が好きじゃないので今回は用意していません。塩で召し上がってください。」との事で、今回は塩一択である。

手づから肉に南米産の粗塩を振っていく神里氏。

机の上には一人ひとつずつおにぎり(塩むすび)が置かれており、「これはできればお肉と一緒に食べてください」とのこと。

【神里雄大と南米】

神里自身の生まれがペルーであり、幼少期にはパラグアイに住んでいたこともあり、現在も祖母や親戚が多く南米に暮らしているとのこと。

近年では個人的な旅による訪問はもちろんのこと、2016年10月から文化庁新進芸術家海外研修制度研修員によって一年間アルゼンチンのブエノスアイレスに住んでいたこともあるなど、年に一回は必ず南米を訪れているという。

そのブエノスアイレスで出会った遠い親戚(おばあちゃんの従妹の孫)で、神里と同い年のフアンという男性とのエピソードや、神里家のルーツ、そもそもの日本から南米への移民の歴史などをたどりながらレクチャーパフォーマンスは進んでいく。

神里という苗字はもともと日本語読みだと「かみざと」だが、スペイン語ではSとZの区別がないので「かみさと」となったという。

と、「思ったよりも焼け具合が早いですね」と肉の様子を見ながら静かにテンパる神里氏。

レクチャーとパフォーマンスの最中に、炭火のコンディションや肉の状態によって日ごとに変化する焼き加減への対応もしなければないのだ。

【「もしかしたら自分もここにいたのかもしれない」】

そもそもどうして日本から移民が生まれたのか。
大きく戦前と戦後に分け、移民が生まれた当時の日本国内の情勢や、それを受け入れたペルー側の事情、そして第一次移民としてペルーに渡った男たちを待ち受けていた過酷な運命が語られる。

「現在では日本のすべての都道府県から移民が出ているので、もしかしたらみなさんも自分の家系図をたどると、遠い親戚に移民となった人がいるかもしれない」とのこと。

「肉を焼きながらパフォーマンスをするというのは世界で初めてじゃないか…」と言いながら肉の焼け具合をチェックする神里氏。

肉を載せた厚く熱い鉄の網が、「ゴンッ」という鈍い音と共にしばしばコンロの中へ落ちてしまうというトラブルに見舞われながらも、手袋をはめた手で「熱っ」と言いながらそれを元に戻していく。

喋ることも、演じることも、そして肉を焼くことも、とにかく何から何まですべて神里一人の手によって、レクチャーパフォーマンスは進行していく。

【言葉を前に】

神里がアルゼンチンでの滞在中に、ベネズエラ人の青年と出会ったエピソードが語られる。

ベネズエラでは現在国内の不安定な政治情勢のために、多くの国民が国を出て移民になっているという。

「彼とは仲が良くて、しょっちゅうピザを食べたりワインを飲んだりしました」と和やかな雰囲気と共に話し出したそのエピソードとは裏腹に、そこで神里が感じたのは言葉が不自由であるために目の前の人と十全にコミュニケーションが取れないという"恐怖"だったという。

先述の、神里がブエノスアイレスで出会った遠い親戚で、今も地球の裏側に暮らす同い年のフアンとかつて交わした会話を、英語とスペイン語を交えながら再現する。

外目には同じ日系人の顔立ちをしていながら、話す言葉も育った国も異なる二人が、ともに母語以外の言葉でなんとか交わそうとする他愛ない会話を、神里一人で演じる。

話が込み入り、何と言ったらいいのかわからない表現にぶつかって困ってしまった時、二人は思わず笑ってしまう。

言葉ではない微笑みで、しかし言葉以上のたしかな交流が生まれたであろうその一瞬に、炭火のようなあたたかさをおぼえる。

気が付くと場内はいつしかブエノスアイレスの日本語学校の卒業式兼終業式兼学習発表会の会場となっていて、「じゃあ、欲しい人は取りに来てください」との言葉で、焼き上がった肉が供される。

「できれば肉と一緒に」と言われていたおにぎりにも、皆が手を伸ばす。

黙々と参加者が肉を喰らいおにぎりをほおばる中、ここから「神里七変化」とも言うべき怒涛のパフォーマンスが始まり…。

【アサード】

炭火で肉を焼く、とてもシンプルな料理であるアサードは、しかし南米で暮らす人びとの間では生活の中の至上の愉しみなのだという。

週末、アサードのために家族や友人で集まり、お喋りを楽しみ、時に騒ぎ笑い合いながら肉を食べる。

経済的にはかならずしも豊かといえない南米の地にあって、肉が焼けるのを待ちながら火を囲み、なにか一つのものを共有する中に、素朴な幸せはある。

元はガウチョという牧畜に従事していたスペイン人と先住民との混血住民達の文化だったアサードに、彼の地の日系人は故郷の味、おにぎりを持ち込んだ。

肉と米と塩というシンプルな、それでいてこの上なくパワフルな組み合わせは、どこか数々の困難を乗り越えた第一次移民たちの男達を思わせる、ワイルドで野趣に溢れる味がする。

散々踊りまくって上気した神里氏の「皆さんお待ちかねのビンゴ大会でーす!!!」の一声で、おもむろにビンゴ大会が始まる。

とにかくビンゴ大会は始まるのだ。

そして最後に、アルゼンチンに暮らす神里と同い年のフアンのスピーチで上演は締めくくられる。

日本語で、そしてスペイン語で語られるのは、アルゼンチンで日系人として生きるということについての飾り気のない感慨だ。

もしかしたら、彼は僕だったかもしれない。
あるいは、僕は彼だったかもしれない。

横浜公演は2月9日から、CASACOにて。
京都公演からがらりと雰囲気が変わり、さらにブラッシュアップされて上演される。

【横浜公演】

CASACO
〒 220-0033 神奈川県横浜市西区東ヶ丘23-1
京急「日ノ出町」駅から徒歩5分、JR「桜木町」駅から徒歩13分

2.9 土 17:00【完売】
2.10 日 17:00
2.12 Tue 12:00 (English)
2.13 水 12:00
2.14 Thu 12:00 (English)
2.15 金 17:00
2.16 土 17:00
2.17 日 17:00

*上記の15分前より入場可能
*上演時間は90〜120分を予定
*2/12と2/14は全編英語での上演

◇チケット
https://passmarket.yahoo.co.jp/event/show/detail/01cnz0ztie00.html

◇詳細
http://okazaaaki.strikingly.com/

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