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鷗外の食卓 8 『金貨』

 八は先づ、麦酒の瓶が四五本、給仕盆二枚の上に並べてあるのに目を着けた。多分虚(から)だらうと思ひながら、手に取つて見たが、どれにも一滴も残つてゐない。次に棋盤の傍にあるコニヤツクの瓶を手に取つた。これはまだ七八分目程這入つてゐる。八はそれを麦酒のコツプに一ぱい注いで、一口ぐつと飲んだ。少し強いとは思つたが、咽から下(さが)つて腹に落ち着くまで、ぴりぴりするやうな、温いやうな感じがして、いかにも心持が好い。八は大きいコツプに一ぱいのコニヤツクを三口に飲んだ。三口目を飲んでしまふ頃には、もう体ぢゆうがぽかぽかして来て、雨に濡れた襦袢から湯気が立ちさうな気がする。

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森鷗外『金貨』

出典 えあ草子・青空図書館 青空文庫

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