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剛田の法則

10年前、私はとあるものにハマっていた。

引き寄せの法則である。

今でこそ胡散臭いオカルトじみたものとして有名であるが、当時はそこまで有名ではなかった。確か本も出たばっかりだったと記憶している。

出たばっかりなのに、その本を初めて見たのは街の古本屋さんだった。ふらりと立ち寄った店で、ちょっと大人の本を探しているときに偶然手にとったのが引き寄せの法則だった。

しかし、私の第一印象は最悪であった。

「引き寄せの法則ぅ? 全く胡散臭い。タイトルから内容まで全てが胡散臭い」そう思ったのを覚えている。店の中もなんかオナラの匂いがして臭かった気がする。

中でも強烈に覚えているのは、それは宇宙のパワーを使っているらしいということだ。宇宙には我々が忘れてしまった無限のパワーがあり、ポジティブな感情で願えば、全くの素人でも際限なく使えるという夢のような力であった。

その無限のパワーを使えば、仕事だって恋人だってお金だって何だって。とにかくこの世にある全てのものはお前のものだ。という、まるでジャイアンの教えのようなことが書いてある。

ああ、胡散臭い。なんて胡散臭いんだ、この本は。臭本だ。

私はこのジャイアン指南書を本棚に戻そうとした。しかし、ふと思った。「私はこの本に導かれたのではないか」と。

縁もゆかりもない見知らぬ古本屋にふらっと入り、無数の古本の中からこの本を一発で見つけたのだ。

これはきっと、貧乏な私への宇宙からの救済なのではないか。無限のパワーが、この力を使いたまえと言っているに違いない。それ以外考えられない。ちょっとトイレに行ってきます。

失礼しました。戻りました。

私はこの運命の本をくまなく読んだ。運命の本だから買えばいいじゃんと思うかもしれないが、それはお金がある選ばれし人間の浅はかな考えであり、僕のようなお金のない選ばれなかった人間にとっては運命の本だとしてもおいそれと買うわけにはいかないのでそれならば立ち読みで頑張ろうと決意したのである。

そして、無限なる宇宙のスーパージャイアンを使うにはどうすればいいのか。

願うのだ。ポジティブな気持ちで純粋に願えば良いのだ。そうすれば宇宙は答えてくれる。

無限のパワーはあなたに宇宙の神秘を見せてくれることだろう。どうだい? すごく胡散臭いだろう。

それからの私はとにかく願った。毎日毎時間毎分毎秒「臨時収入が入る」と願い続けた。

なぜ「お金が欲しい」ではなく「臨時収入」というまどろっこしい言い方なのかというと、お金が欲しいだと漠然としすぎて駄目だからである。じゃあ臨時収入も駄目だろと思うかもしれないが、ジャイアンの本にそう書いてあったので文句があるならそっちに言っていただきたい。

しかし、宇宙は気まぐれ。いつ願いを叶えてくれるかまでは分からないらしい。本には、その兆候を見逃すなと書いてあった。

だから私は臨時収入の兆候を探した。探しまくった。

道端、自販機周辺、はてはゴミ捨て場まで。そんなところにいるはずもないのに。宇宙の無限パワーを探しているというよりも、ただ落ちている小銭を必死に探している気分だった。

しかしなにも、落ちているお金だけが臨時収入ではない。宝くじが当たることもあれば、見知らぬ石油王から億千万を頂けるかもしれないのだ。

その頃はTOKYOに住んでいたので、ありとあらゆる妄想をして、いや、引き寄せをした。臨時収入という無限の力を欲したのだ。よくダークサイドに落ちなかったものだと自分を褒めてやりたい。

私の願いが叶ったのは突然だった。仕事終わり、店の清掃をしていると100円を見つけた。次の日も、その次の日も。1日だけならまだしも、3日も連続でしかも同じ場所で100円を見つけたのだ。これはもう完全に宇宙のパワーを使ってしまったに違いない。

この世の全てはお前のもの。

尊師ジャイアンの言葉が頭の中を駆け巡った。これで私は大金持ち待ったなし。その翌日には1000円、翌月には10000円、半年後には1,000,000円も夢ではない。本当にそう思った。そして、人はこういった人間を愚か者と言う。

私は合計300円を拾っただけで、以来、宇宙からは音沙汰なしである。無限のパワーは何処へやら。もしかしたら「無限の彼方へさあ行くぞ!」と行ってしまったのかもしれない。

それはもう誰にも分からない。

私が働いていたのは、その地域でもかなり繁盛していた居酒屋だった。ベロンベロンになるサラリーマンが多く、そんな人達が小銭をぶちまけるのは日常茶飯事だった。

もしかしたら、彼らは宇宙からの使者だったのかもしれない。絶対に違う。


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