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考察不能という考察

小説を読み終わったり映画を観たりしたあとに、考察を重ねしばらくその世界観に浸る時間が好きだ。他人の考察が知りたくて延々検索することもある。
それがまったくできなくなるものに出逢ったのは、もしかして初めてかもしれなかった。

もともとSFは大好きで、今作も発表されたときから期待が膨らみまくった。
大好きな組で大好きなSFを、信じてやまない上田久美子で。期待するなというほうが無理だった。

それが。鑑賞中から胸騒ぎが止まらない。
どうなんだろう。大丈夫なのか。
一体どの立場で心配しているのかと。とにかく興奮や感動というよりそれはひたすらに胸騒ぎだった。

これまでになく挑戦的すぎる内容。
見慣れた生徒たちの見たこともない演技。
素晴らしいよりなにより、怖いと感じた。
いつもの華やかな芝居やレビューとは全く異なる、異質な世界。
観終わっても感情がうまくついてこず、感想を綴ろうにも筆舌に尽くしがたい。こんな状態で他人の感想など受け付けられるわけもなく、考察なんてもってのほかで、いつも流れ込んでくるすべての情報をひたすらシャットアウトし続けた。
起きている間じゅう、あの惑星で起きたこととあの時間を生きる人物たちのことを考えてしまい、精神の安定のために自分の感情の帰結を求めるも、行き着く先はいつも暗闇で眠るたびに変な夢を見た。

あれは歌劇ではなく、演劇だった。
それが胸騒ぎの正体だったかもしれない。考えたこともなかったけれど、今まで無意識のうちに歌劇を歌劇たる枠内にはめ込んで見ていた自分に気づいてショックだった(ショックが大きすぎてそのショックに気づけたのも観劇後数日経ってからだった)
歌劇には歌劇ゆえのよさがあり、それを愛しているのだから間違ってはいないはずなのに、今回ばかりはそういうことじゃない!という叫びが自分の中で徐々に大きくなっていく。
彼らは「歌劇の生徒さん」などではなく、紛うことなき「芝居人」だった。

観終わった直後にはぐちゃぐちゃの頭ながら、なんとなくイエレナをヒロインとして据えていたなら、一層苦しくそれでも美しい「らしい」作品となってまた違う結末となり、私の受け止め方も違ったのではないか?という考えがあった。
正直、狭量な選り好みで苦手な娘が確実にその世界に息づいていたのも苦しかった。私が受け止めきれない世界に彼女という役者は間違いなく生きていて、くだらない毛嫌いが馬鹿みたいに思えた。
せめて自分のなかで折り合いをつけたい苦肉の策だったけれど、いや、上田久美子はそんな浅はかなことはしない。「らしい」結末など求めない。そう思った。彼女は常人ではない。いい意味で。いつも淡々と世の摂理と人間のあるがままを描き、役者たちがそれを具現化する。その結実が、ドラマチックなのだ。そして、彼女が演じたからこそのあのイエレナだったのだろう。
ミレナもとても難しい役だと思う。やはりあれもまどかだからあの硬質で頑なな彼女をヒロインたらしめ、物語を成立させたのだ。これ以外のプランなど久美子にはなかった。
しかし。だからといって苦手を急に好きになれるものでもない。価値観がめちゃくちゃになってそれはそれで苦しんだ。つらい。

こんな風に私をめちゃくちゃにしてくれた今回の経験は、生徒たちにとっては非常に有意義な時間だったのではと思う。役者として得られた糧は、これまでとは全く違う角度のものだったろう。
なによりこの作品を表現する機会を一度は失い、自らの身にあの様々な感情を湛えたまま過ごした期間の存在も、一層の深みを与えたかもしれない。それは観る側の私にとっても。
この難しい時期において、この特異な作品を経て次に進んでいく役者たちの今後が本当に楽しみになった。

劇団の長きの歴史において、誰もが諸手を挙げて絶賛という作品ではおそらくないかもしれない。同時に劇団内に留めておくには惜しい作品だと思う。もっと賛否を受けてなお評価されてほしい。できれば外に持ち出されて色々な役者が演じ色々な解釈を作り上げてもらいたい。
いっそ取り立てて贔屓ではない組で観てみたかったとも思った。そうしたらこの作品の本質についてもっと客観的に感じ考えることができたかもしれないと。
でも宙組公演だったからこそ私はこんなにも混沌を味わい、考え、それなりに気づきを得たのだと思う。
そして今となっては久美子がこの作品にこの座組を選んだことも嬉しく思う。まずこの常人でない才が劇団内にいる僥倖と、これを許した劇団の度量にも。

本当にACTシアターに誂え向きの作品だった。あの劇場でこそ一層引き立つ世界観だっただろう。残念でたまらない。私はその機会を持ち得ていたがいざ現場で目撃していたら赤坂で亡霊か宇宙人になっていたと思う。
一度きりの鑑賞で直感的に「これは私には無理だ」と思ったあの日。叶うならこのあと予定されている東京公演を劇場で味わえたらと思う。無機質なあの水星に再び赴き、きっとまた悪夢の続く夜を、私はリアルに体験したい。

宙組公演「FLYING SAPA -フライング サパ-」配信鑑賞 2020.8.11

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