欲深

英語を勉強しようと燃えている人に対し、苛立ちを覚える。
そのことに苛立っている自分に対し、困惑と苛立ちを覚える。
ああなんて自分勝手な苛立ちなんだろう。

きっと嘗ての自分を見ているように感じるからだろう。
大学に入学してから2年と半年、国際に関することに取り組んできた。
スタディーツアー、国際交流事業、国際交流イベント、公式訪問団の一員として中国渡航、留学。
高校生のときに抱いていた淡い想いは、ゆっくりと時間をかけて削がれていった。

楽しくなかったわけではない。学びがなかったわけではない。
言いたいことを言うのは難しい。たとえ母国語であっても。
最初は、ボキャブラリーが足りないから、圧倒的インプット不足だから、つまりは努力不足なのだと考えていた。
だけど、違った。
もっと根本的な問題だった。
本当に言いたいことを言葉で表現できる人って、どのくらいいるのだろう。

私は単純な人間がいることを知っている。単純で、素直。
考えることを殆どしないという意味で、単純。
単調な感情に従うことができるという意味で、素直。
素敵だとも阿呆だとも思う。
母国語ではない全く異文化の言語を操る際には、そういった人間はうまくはまるのだろうと思う。あくまで傾向だが。私の経験則と偏見による。

わかっているのなら、どうしてイラつくのだろう。
心の底で、そんなことして何になる、と思っている。
誰かの言葉を真似て、fake it til you make it, できるようになるまでフリをして、なんとなくコミュニケーションをとって、何がしたいんだ。
いや、人それぞれだな、価値観や感じ方なんて。
どうも人間は、ものごとを自分のものさしではかってしまうらしい。

いや、気概が気に入らないのか。馬鹿みたいに元気なやる気が煙たいのか。
特別なものに取り組むかのように、流行りに乗るかのように、本当に自分の利になるか熟考せず、肩書きだけを求めているかのように、見えるからか。
私が、そう見ているだけ、なのだが。

もっと、考えてほしいのかもしれない。もっと、自分と対峙してほしいのかもしれない。
なぜ。
私は人に、一体何を求めているのだろう。

お門違いの苛立ち。うんざりする。

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太感谢了☺️
私にとって、考えることは生きること。
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