深淵の縁

実は少し前に小説を書いていて、公募に出したところ、ちょっといいところまでいった。
衝撃で時が止まったように感じたのを覚えている。
出版まではいかなかったけれど、有り難い経験だった。

なぜ書き出したのかは分からない。
心が抑えられなくなって、吐き出さないと危ない、そう感じたからかもしれない。
何にせよ、かなり気力を使う作業だった。
命を削って書いた。
冗談じゃなくて、本当に、生が吸い取られていった。
なぜなら死を書かずにはいられないから。

私は家族のうち一人を病気で亡くしている。
私には未だに死がわからない。
消えてしまいたいという気持ちは抱いたことはあっても、希死念慮を抱いたり自死に走ったりしたことはない。
自ら命を断つことは、病気や誰かの手や不慮の事故等によって命を奪われた者に対する冒涜だ、とも思わない。
いや、そういった類の主張には疑問を覚える。
意図はわかるし、命は尊いものだと重々承知だが、だが一緒くたにしてしまうのは違うのではないか。

なぜ人間の脳の大部分は使われていないのか?
なぜ性行為は快感を伴う?
なぜ生殖本能が備わっている?

現代科学によると、自由意思は幻想だという。
意味の後付け。
賢いのやら阿呆なのやら。

高畑勲監督の『かぐや姫の物語』を初めて観たとき、頭が感電した。
あの世界では、地球は流刑地。
今日バスに乗り、緑と空を眺めていたときふと思った。
精神的にも肉体的にも苦しいことはたくさんあるが、その苦痛を凌駕するほどの生き物のあたたかさ(愛など)や自然の美に溢れている世界と、
悲しみ、喜びをはじめ一切の感情が存在が存在しないため苦痛はないが、殺伐とした世界、
生まれおちる場所を選べるならば、私はどちらを選ぶだろうか。

正直、辟易している。
頭だけで済んだら楽なのに。心なんてあるから、感情なんてあるから、苦しいんだ。
創作の原動力になるからいい面もある、のだけれど。
でも、邪魔だ。
しかし、ああ、私は美しいものを愛している。
不安定でも、醜くても、治安が最悪だったとしても、自分がもがき苦しみ、あがき苦しむことになっても、
私は美しいものたちが存在する世界を選んでしまうだろう。

苦しみ悲しみ私の痛いところをいっぱいに詰め込んだ作品を、気の赴くままにこれからも書き進めていこうと思う。
ハッピーエンドは、きっと書けない。

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私にとって、考えることは生きること。
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