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スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(180)


前回:スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(179)




 どこを見ても人、人、人。ばっちり防寒をした人々が、晴明たちの目の前を盛んに行き交う。千葉神社は前回来たときとは比べ物にならないほどの人で、ほとんど溢れ返るようだ。

 寒さに少し震えながら、晴明は三人の到来を待つ。人混みに紛れずに遠くまで見ることができる桜子が、今は羨ましかった。

「ごめん、二人とも。ちょっと遅くなっちゃって。待った?」

 成たちは晴明たちが境内への入り口に着いてから、一〇分ほど後にやってきた。学校と部活以外ではなかなか会うことがないから、三人の私服姿は晴明には新鮮に映る。

「いえ、私たちも今来たとこですから」と桜子が軽く気を遣う。五人の横を、人々が立ち止まることなく過ぎ去っていく。

「じゃあ、ラインでも言ったけど改めて。あけましておめでとうございます」

「はい、あけましておめでとうございます」

 五人は和やかに新年の挨拶を交わした。去年は両親や親戚以外には、桜子ぐらいしかそう言える相手がいなかったことを考えると、晴明は感慨深い思いになる。

 成も渡も芽吹も、何の不安もない爽やかな顔をしている。清々しい空気に触れて、今年も良い一年になりそうだと、晴明はぼんやりと思った。

 五人は鳥居をくぐって、境内へと入っていく。広い敷地を多くの人が右へ左へ行き交い、道路側には夏祭りのような屋台も並んでいる。活気に溢れていて、新年の幕開けにふさわしい。

 似鳥家はあまり初詣に行くような家庭ではなかったので、晴明は屋台に並んだ割高な食べ物や、時折見かける晴れ着を着た女性に思わず目移りしてしまう。チョコバナナやたい焼きなどを食べたい気持ちもあったが、とりあえずは四人と一緒に、朱色に塗られた柱が目立つ重層社殿へ向かった。

 重層社殿にできた参拝をする人の列に、五人も並ぶ。雑談をしていると列は案外早く進み、五人の番になる。

 賽銭箱の向こうには、千葉神社の主祭神である北辰妙見尊星王の彫像が祀られている。ライリスの名前の由来にもなった、古事記にも記載がある偉大な神様だ。

 晴明は賽銭箱に一〇円玉を入れ、四人とタイミングを合わせながら二礼二拍手一礼をする。

 今年も怪我無く無事にアクター部の活動を続けられますように。その一つだけを晴明は強く願った。

 参拝を済ませた五人は、お守りを見たりおみくじを買おうと、重層社殿の入り口の隣にある授与所へと向かった。十二支をモチーフにしたものもあれば、金運や交通安全を守るメジャーなものもある。

 表面に星の模様がちりばめられた千葉神社オリジナルのお守りも含めて、晴明はどのお守りを買おうかどうかしばし迷う。一つ一つ見ていくと、どれも効果があるように思えてしまう。

 桜子たちもあれこれ言いながらお守りを選んでいる中、一番入り口に近いところにいた晴明は、ふと後ろから話しかけられる。

 振り向くと、そこには樺沢が立っていた。厚手のコートに毛糸の帽子まで被って、しっかり寒さから体を守っている。

「似鳥、あけましておめでとう」

「はい、おめでとうございます」

 二人が挨拶を交わしていると、四人もやってきた樺沢に気がついたのか、身体を向けた。お守りを買ったりおみくじを引きたい人の邪魔になるので、六人は端に避ける。

 渡や芽吹は樺沢とは初対面だったけれど、成が簡単にゴロープロダクションに所属するアクターだと説明していた。こんなに人が大勢いるところで、エイジャくんに入っているとはもちろん言えない。

「今日は部員みんなで初詣? いいなー。青春って感じだ」

 樺沢もその当事者だろうと晴明は思ったけれど、口には出さなかった。もしかしたら樺沢は、一人で初詣に来ていることを後ろめたく思っているのかもしれない。

「樺沢さんも、もうお参り済ませたんですか?」

「いいや、これからお参りするとこ。今年も一年怪我無く活動できますようにって願うよ」

 自分と願い事が全く同じなのが、晴明にはどこかおかしかった。同じ活動をしていると、思考も似てくるのだろうか。

 寒さを感じていないかのように爽やかな表情をしている樺沢を見ていると、晴明は思ったことを素直に口にしていい気がした。

「あの、樺沢さん。去年は柏サリエンテ、惜しかったですね」

 話題を変えた晴明にも、樺沢は「まあ、そうだな」と気前よく応える。

 二〇二〇シーズン、柏サリエンテはSJリーグ一部を二位という成績で終えていた。最終節で逆転されて優勝を逃した形だ。

 でも、一八チームの中での二位だと考えれば、まったく悪い結果ではない。二部なら昇格している順位だ。

 樺沢にも少なからず達成感はあるのだろう。カテゴリーこそ違えど、来年は自分たちも同じような思いを味わいたいと思わずにはいられなかった。

「ここ一〇年のなかで一番いい成績だったんですよね? やっぱり樺沢さんの力も大きかったんじゃないですか?」

「だといいけどね。でも、今回の結果はクラブに関わる全ての人が自分にできることを最大限やったからだから。今年こそはさらに気を引き締めて、去年以上の結果を出せたらいいなって思うよ」

 あくまで謙虚に答える樺沢の姿勢を、晴明は模範的だなと思う。エイジャくんがチームやファン・サポーターに寄り添って盛り上げた結果が、去年の二位だというのに。

 現状に満足しない姿勢も含めて、参考にすべき点は多いなと晴明は感じた。

「で、そっちはどうなの? ハニファンド千葉も去年はあとちょっとのとこだったじゃんか」

「そうですね。本当あと一点が足りなかったです。でも、相当悔しかったのかチームの軸になる選手はほぼ全員残ってくれましたし、各ポジションに効果的な補強ができてると思います。今年こそは目指せ二部優勝、一部昇格ですよ」

 強く言い切る桜子に、晴明だけでなく、成たちもが頷いていた。

 去年は五位に甘んじたから、プレーオフ敗退という憂き目にあったのだ。目指すは無条件で昇格できる、上位二位以内。欲を言えば優勝だ。

 まだチームは始動していないが、今年のハニファンド千葉ならできると、晴明は心の底から信じていた。きっと多くのファン・サポーターと同じように。

「そっか。じゃあ、対戦するのは二月のちばしんカップってことになんのかな。楽しみだよな」

「今年やるって決まってましたっけ?」

「いや、まだ決まってないと思う。でもたぶんやるんじゃない?」

 ちばしんカップとは、毎年シーズン開幕前に組まれる、ハニファンド千葉対柏サリエンテのプレシーズンマッチのことだ。両チームの共通のスポンサーである千葉信用金庫の名を冠したこの試合は、もう一〇年以上続いていることもあって、両チームのみならずSJリーグ全体でも、開幕前の風物詩となっている。

 晴明もSNSでその名前は目にしていた。いち早く新しいチームを見られるとあって、ファン・サポーターの期待値は高い。

「ライリスとエイジャくんも、スタジアムに登場するんですよね?」

「まあ、今まで通りならな。最後に共演したのが確か去年の一〇月とかだったっけ? こっちも楽しみだよな」

 樺沢の口ぶりはまるで他人事だったが、周囲の誰か一人にでも自分たちが着ぐるみの中に入っていると悟られてはいけないから、仕方がなかった。

 それに晴明も樺沢との共演を、心のどこかで望んでいたから願ってもない機会だ。同じ県でもカテゴリーが違うから、なかなか会うことがないライリスたちとエイジャくんが一堂に会する。両チームのファン・サポーターにとっては楽しみの一つに違いない。もちろん、晴明たちにとっても。

「あとはたぶんデラックスとかかな。ちばしんカップと日程被らなければの話だけど」

「確か今年は二月の一四日に行われるんでしたよね」

「そうそう。サリエンテもあとちょっとで出れたんだけどな」

「でも、出てたらちばしんカップ開催されなかったかもしれないじゃないですか」

「まあ、それもそうだな」と樺沢は小さく笑う。

 アサヒデラックスカップ、通称デラックスは毎シーズンSJリーグの開幕前に行われるプレシーズンマッチだ。SJリーグ一部の優勝チームと、アマチュアチームも含めたカップ戦・天々杯の優勝チームの二チームが対戦する。ちなみに今年は横浜・L・リノリスとサンフレッシュ広島の対戦だ。

「あの、今年もマスコット大集合あるんでしょうか?」

「たぶんあると思うな。だって毎年やってるのに、今さら中止にする理由がないだろ」

 晴明はほっと胸をなでおろすと同時に、少しワクワクもしていた。以前、筒井からデラックスではSJリーグのマスコットが集合すると聞いたことがあったからだ。一部から三部までマスコットがいるクラブは、ほとんど参加するらしい。カテゴリーが別で、会う機会がないクラブのマスコットとも会うことができる。マスコット好きにとっては夢のようなイベントだ。

 もちろん晴明たちスーツアクターにとっても、特別な一日になるだろう。

「やっぱりそうですか! 私凄い楽しみです! だってこんな機会、年に一度しかないですから!」と桜子がやや興奮したように語っている。その気持ちは、晴明にもよく分かった。

 会ったことがないマスコットと会うことができる。それは着ぐるみの中にいることを差し引いても、大きな喜びがあるだろう。

「ああ、俺も楽しみだよ。クラブの方針でなかなか遠征しないマスコットも、この日ばかりは全国から集まってくるからな。本当、今から待ちきれないくらいだよ」。そう答える樺沢も、すっかりマスコットの虜となっているようだ。晴明たちと同じように。

「デラックスでは他にも色々なイベントが開催されるしな。各地のスタジアムグルメも集合したり、ユニフォームも一堂に展示されたり」

「あと、マスコット総選挙もですね」

 さも当たり前のように桜子が言う。樺沢も当然だという風に頷いている。

 でも、その言葉を晴明は初めて聞いた。雰囲気からして、成たちも同じように頭にクエスチョンマークが浮かんでいるのが分かる。

「あの、マスコット総選挙ってなんですか?」と晴明が尋ねると、樺沢は一瞬目を丸くしていた。知らないのが不思議だと言わんばかりに。

「まあ平たく言えば人気投票みたいなもんだな。ほら、アイドルとかで総選挙って聞いたことない? あれのマスコット版だよ」

「すいません、アイドルとかは疎くて……」

「そっか。ざっくり言えば、デラックスで全マスコットの集合写真を撮るんだけど、その時にマスコット総選挙の順位を使うんだよ。一位のマスコットは、一番目立つセンターで写真を撮ってもらえるからな」

「そうなんですか。エイジャくんは一位目指してるんですか?」

「当然だろ。去年は二位だったからな。リーグ戦で優勝を逃した分、せめてマスコット総選挙では一位を獲りたいよな」

 そう意気込む樺沢の目には、熱い炎が宿っているように晴明には見えた。確かに何でも一番になることは、悪いことではない。ファン・サポーターが自分のチームのマスコットはリーグ一なんだと思えれば、さらに愛着を持つことにもつながるだろう。

 エイジャくんの人気のほどは、晴明も実際に見ているし、耳にしていたので、一位を目指すのは自然なことに思えた。

「凄いですね。一位が手の届く範囲にあるなんて」

「ああ。ありがたいことこの上ないよ。でも、ライリスもせっかくやるからには、一つでも上の順位目指した方がいいと思うぜ」

「ライリスは去年何位だったんですか?」

「正確には覚えてねぇけど、たぶん二〇何位かだったと思う。ちょうど真ん中くらいだった」

「ハル、二五位だよ」

 筒井から、もしくは莉菜や由香里から聞かされていたのだろうか、間髪入れずに桜子が正確な順位を伝える。

 何ともコメントしづらい順位だと、晴明は思った。ライリスよりも順位が下のマスコットには失礼だが。

「まあ、去年より順位を上げられるように、今年もお互い頑張ろうぜ」

「はい、頑張りましょう。シーズンオフでも僕たちは休んではいられないですから」

「そうだな。そろそろ列も空いてきたし、俺ちょっとお参りしてくるわ。じゃあ、また。とりあえずはちばしんカップでな」

「はい! また!」

 晴明が元気よく返事をすると、樺沢は一つ頷いて、重層社殿に入っていった。晴明たちも再び、お守りやおみくじを買い求める人たちの列に並ぶ。

 渡や芽吹が「気持ちのいい人だな」と言っていて、晴明は自分の事ではないのに少し嬉しくなった。

 お守りを選び、おみくじを引く。晴明は吉を引いた。大したことがないと思ったが、成によると大吉の次にいい運勢らしかった。


(続く)


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