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『シラノ・ド・ベルジュラック』の封印

先般『双頭の鷲』(2016年 宙組公演)を再び観られるが来てほしいと書いた。それと同じように、もう一度Blu-rayを手に取れる日が来ることを願っている作品がある。『シラノ・ド・ベルジュラック』(2020年 星組公演)だ。流行り病がなく(歌劇団の公演が中止にならず)、発表当初の日程(2020年6月下旬~7月上旬)であれば、梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ公演のチケットを手配していたので生観劇が叶うはずだった。

だが公演中止を余儀なくされ、再発表された日程とチケットの入手方法は、残念ながら私の手が届かないものだった。ライブ配信も行われていたが、ひっそりと轟悠さんのファンをしているため(家族は歌劇が一切ダメ)、Blu-rayの発売を待っていた。

年が明け(2021年になり)Blu-rayの発売から時間を空けずに手に入れ、やっと初めての鑑賞が叶った。ところで「鑑賞」という字を当てたが、実際の一度目は「鑑賞」(=芸術作品を自分なりに解釈する)ができない。どの作品も、轟さんの美しさやお芝居に圧倒され「脚、なっが」「生けるギリシャ彫刻…」「轟さんだけ(お芝居が違いすぎて)浮いてる…」と思っている間に、どんどんお話が展開してゆき、幕が下りるからである。

余談だが『パパ・アイ・ラブ・ユー』(2019年 専科公演)も『チェ・ゲバラ』(2019年 月組公演)も生観劇時の記憶は「轟さんの脚しか見てない…。白のスーツ、やっぱりほかの方とは着こなしが違う」(『パパ』)「首筋の汗まではっきり見える」「ゲバラそのものやけど、横顔の美しさは轟さん」(『ゲバラ』)ということしかない。『パパ』は、バウホールの4列目『ゲバラ』はドラマシティの中央ブロック5列目(客席側寄り)での観劇だった。両作品とも席が前方で(前方すぎて)轟さんがいらっしゃることに感激し、内容はそっちのけ状態になってしまった。ちゃんと作品を味わい、感涙したのはBlu-rayで三回目を観た時だ。

そんなことであるから、当然『シラノ』も「付け鼻でも美しすぎる」「やっぱり、最後は死んじゃうのね」という感想にもならない感動で終わり、お話の理解には及ばなかった。いつものことだから、近々もう一度(二度三度)観ればいいと思っていたのである。

それから2, 3日が過ぎた、2021年3月17日。あまりにも突然の、ご退団発表。公式ホームページに掲載されたその文言を読むことはできるが、脳が理解することを拒んでいた。呆然とし、ショックすぎて涙も出なかった。泣くことができるファンの方が羨ましいとさえ思った。人生で初めて、ベッドにいながら一睡もせず翌朝を迎えた時である。

記者会見でのお話しから分かったことは「『シラノ』の上演時には、ご自分の中で退団を決められていた」という点だった。「だから(『シラノ』に)デュエットダンスが付いたのか」と腑に落ちた気がした。轟さんは専科へ移られてからの作品においては、ほとんど相手役の娘役さんとデュエットダンスをされていない。私の記憶違いでなければ『オネーギン』(2010年 雪組公演)で、舞羽美海さんとお踊りになったのが最後のはずである。それから10年。退団のセレモニーも一切をお断りになり、美しい裃姿を最後に去っていく轟さんが「デュエットダンスを観たい」と願うファン(および演出担当の方?)の想いを汲み取って下さったのかもしれない(轟さんは出演される作品において、自分から「あれがしたい、これがしたい」と仰ることはない)。

当然『シラノ』を初めて観た時は(ご退団の)発表前だったので、轟さんのご決断をまだ知らない。だが、それを知ってしまうと「もうこの頃には退団の意志を固めていらっしゃったのだな」と思う。どなたにも言わず、一人で胸に秘めていらっしゃったのかと思うと、何とも切ない。だから、観られないのである。

『双頭の鷲』か『シラノ』か。どちらが先に観られるようになるのか、まだ分からない。でも、ちゃんと観られる日を迎えたいと思う。

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