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『千両役者浮世嘆』 第六幕

第六幕

「もしも僕が悪魔でも、友達でいてくれますか?」とは、当時流行っていたゲームのキャッチコピーだ。俺はそれをよく思い出す。悪魔とは俺たちのことだったからだ。あるいは、仲間を悪くいわないようにするならば、それは俺のことだった。
 周りは友達でいてくれたような気がする。表面上合わせていただけとも思えなくて、おもしろがられたのだ。俺と、イズチが。
 食堂でキクタに聞いた話をもとに、ある休み時間、俺はイズチの席へ行った。間近で見ると、イズチの何が変なのかがわかった。女っぽいというのか両性的というのか、第二次性徴が来ていない可能性を差し引いても、つるっとして男っぽさがない。
 こんなやつが裏本を持っているのか?
「イズチだっけ、君」
 腕に顔を乗せ、机に突っ伏しているところへ話しかけた。イズチはゆっくりと顔を上げた。
「そうだけど」伸びをして答えた。「君は北山君だったっけ」
「アズロって呼んでくれよ」
「かっこいいじゃん」
「浸透させようと思ってるんだ」
 へえ、といってあくびをした。
「そのアズロが僕にどうしたって?」
「ああ」俺は少しいいよどんだ。「裏本をな」
「裏本か。見たい?」
「見たいね」
「いまレンタル中なんだ。オススメのものはないよ」
 そして、二軍でよければ見せてあげる、という。貸そうともいわれたが、他人のズリネタになったものをあまり持って帰ろうとは思えなかった。
 イズチは机の中から薄い紙袋を出した。
「これが二軍のやつだね。見つかったらヤバいから、しゃがんで開けて」
 いわれた通りにしゃがみ、机やクラスメイトたちの影に隠れた。これなら廊下からも見えないだろう。
 紙袋から出てきたそれは写真のエロ本で、中を見てみれば、きれいとはいえない女が盛大に犯されていた。陰部にモザイクやぼかしはない。これが無修正というわけだ。
「そこそこいいでしょ」イズチは気だるげにいった。「もっといいのもあるけど、なかなか返ってこないね」
「どこで売ってるんだ、こんなの」
「歌舞伎町の近く。作り手はヤクザさんだよ。だから物件としてはかなり危ない」
「これ、カラーコピーして売れるんじゃないか?」
「危ないっていったろ。豚に食われちゃうよ」
「豚ってなんだ」
「豚は人間の死体を食うんだ。骨まで残らないらしい。髪の毛以外は全部食われて豚のクソになっておしまい。ヤクザさんに殺されるとそういうふうに消される」
 だから娯楽として考えよう、とイズチはいった。
 その日の残りの授業の間、俺はずっと裏本のことを考えていた。それは単純に載っていた写真のインパクトのこともあったし、ああいうものが流通しているということについても考えた。
 何かいい手はないか。あれには需要がある。欲しがるやつは多いだろう。量産して売ってしまえば儲けは出るはずだが――ただひとつ、イズチのいうリスクが怖かった。豚のクソになるのはごめんだ。
 俺はたびたびイズチの席に行くようになった。何かの雑談をすることもあれば、裏本やら何やらについて討議することもあった。イズチは裏本で商売することについてはずっと否定的だった。バレやしない、と俺はいうのだが、必ずバレる、とイズチはいう。なかなか着地点がなかった。
 一番いい裏本を長いことキクタが借りているということで、俺は返すように迫った。見てみたいのだ。しぶしぶながら返却された裏本には、以前見たものよりもいい女が写っていた。その恍惚の顔。あらわな陰部。
 これは俺が欲しくなるようなものだったが、やはりおさがりは嫌だ。教室で、しゃがんで眺めるだけに留めた。
 顔を上げてイズチにいった。
「こういうのの店、俺も連れてってくんない?」
 いいけど、とイズチ。
「欲しくなった?」
「一家に一冊だ」
 僕なんて何十冊だ、と笑って返された。

(続)

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