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【教養】としての、戦前・戦中・戦後 基礎知識⑤

皆さまこんばんは。1976newroseです。

今回からは、中国、そして米国の世界戦略を中心に、

「大日本帝国時代の反省は、現代日本でどのように活きているか?」

というテーマで論を進めてまいります。


【注意(読み飛ばしていただいてもかまいません!)】

前回までは客観性にこだわり、事実を列記することに努めてまいりました。

今後も基本姿勢は変わらず、あくまでも日米の政府機関等がウェブ上で公開している資料など、誰もが簡単にアクセスでき、かつ、信ぴょう性が担保されている情報源に基づく記載を心がけます。

しかし今回からは、現在進行形で歩み続ける日本、そして世界についての描写に挑むことになります。

従って、100パーセント事実のみに基づいて描写することは不可能でしょう。当然、本稿の内容に批判的なご意見もあると思います。

私はそれでいいと思うのです。

現状に縛られながら、未来について見通すことの困難さ…これは、満州事変以降の大日本帝国の先人たちにとっても同様だったはずです。

不確定で困難な未来について、確かな情報を基に考え、広く議論すること。

これこそが、日本というリベラルな国家を支える底力になると、私は考えています。

それでは参りましょう。


★中国の対外膨張と米国の世界戦略

皆さんは、

「自由で開かれたインド太平洋戦略(Free and Open Indo- Pacific Strategy : FOIP)」

「列島線(Island Chain)」

「A2AD(Anti Access/Area Denial)」

「エアシーバトル(Air-Sea Battle)」

「JAM-GC(Joint Concept for Access and Maneuver in the Global Commons)」

といった言葉を目にしたことがあるでしょうか?

これらは、米中の国家戦略、およびそれを支える軍事戦略について考えるとき、必ず抑えておく必要がある概念です。

米国、そして日本が現在採用している対外戦略

「自由で開かれたインド太平洋戦略」は、主に中国の対外構想

「一帯一路」に対抗するためのものですので、まずは中国の対外構想について整理していきましょう。

【中国の対外構想】

習近平が権力を掌握してから、中国は既存の外交政策群を統合する概念として「一帯一路」という広域経済圏構想を掲げました。
これは、中国から陸路で中東を経由して欧州に至る「一帯(シルクロード経済帯)」と、中国沿海部からアジア→アラビア→アフリカを結ぶ海洋ルート「一路(21世紀の海洋シルクロード)」からなります。

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中国は、主に以下の3つの方法でこの一帯一路を構成する地域への影響力を強めています。

インフラ整備:エネルギー、鉄道、道路、建築物、通信などを整備。中国の規格が標準化されるため、勢力圏外からの参入障壁を高める副次効果もあり。

FTA(自由貿易)圏の整備:中国を中心とする自由貿易勢力圏の拡大。

対外直接投資の拡大:投資・融資を通じた影響力の拡大。

しかし、やや強引ともいえる急速な勢力拡大により、以下の問題も指摘されています。いずれも自由民主主義陣営の支援ではあまり見られなかった問題です。

①インフラ整備・運営の多くが中国企業・中国人労働者によって行われるため、地域が受ける恩恵が少ない。

②明確で公平なルールに基づかない、不透明な協定。

③不当な金利や、地域の経済力をはるかに超える融資による地域経済への悪影響。

これらの懸念があるにもかかわらず、中国からの支援を歓迎する国も多くあるのが事実です。彼らにとっても経済成長のための支援は欠かせないものですから、先進国に暮らす我々が簡単に冷笑できるものではないでしょう。

【「一帯一路」を支える軍事戦略「A2AD」】

こうして急速に膨張を続ける「一帯一路」構想は、既存の自由民主主義陣営、特に米国の覇権と鋭く対立します。

そのため、中国は対米安全保障戦略として、「列島線」と呼ばれる多重防衛ラインを設定し、この域内で「A2AD(Anti Access/Area Denial)」と呼ばれる戦略を遂行するため、戦力を整備しています。(厳密には「A2AD」は米国側が中国の軍事戦略を定義する際に用いる呼称です。中国側の正式名称ではありません)

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「列島線」はこんな感じです(画像は海上自衛隊幹部学校HPよりお借りしました)。青い線が示す第二列島線では、日本やフィリピン、グアムまでが勢力圏として設定されているのがお分かりになりますでしょうか?

中国がここ数年、尖閣諸島や南沙諸島・台湾・フィリピン・インドといった各地で係争を巻き起こしているのも、この列島線構想を押し広げる過程で起きていること、という理解が一般的です。

そしてこの「列島線」の内部に米軍が入り込めなくするための具体的な軍事戦略が「A2AD」です。

「A2AD」は、以下の2つの戦略から成り立つ、海・空を主戦場とした統合的概念です。

Anti Access=接近阻止:台湾、沖縄といった中国近海、すなわち「第一列島線」内で軍事衝突が起きた際、米軍がこの係争地域に接近することを防ぐ。

Area Denial=領域拒否:米国の空母艦隊や陸上戦力等が「第二列島線」内に立ち入ることを躊躇させ、また実際に立ち入ることができないように、ミサイル基地・航空基地等を整備する。

ざっくり言ってしまえば、中国本土から第二列島線にかけてミサイル・航空基地等を置きまくることで、域内に侵入する米軍にはそれ相応の損害が出るぞ、と脅す戦略です。

米国も民主主義国家ですから、あまり軍に損害が出ると国内に反戦的な世論が高まり、戦争を継続することが困難になります。
また空母艦隊などは莫大な費用と人的資源が必要な一方、ミサイルはそれほどでもありません。
そこで、いざという時は比較的安価なミサイルを撃ちまくり(これを飽和攻撃といいます。)、費用対効果の面で米国が軍事介入をためらうように仕向ける、非常に狡猾な戦略なのです。

さて、このような際限なき拡張、皆さんどこかで見覚えがございませんか?
そうです。中国大陸で、そして太平洋で膨張を繰り返した大日本帝国です。

中国は、列島線構想を「積極的防衛戦略」と位置付けております。中国から見れば、米軍こそが侵略者なのであって、彼らをなるべく自国勢力圏に接近させたくありません。

そのためには、自国に隣接する地域を勢力圏下に置き、さらにその地域を守るため、更に遠くまで勢力圏を拡大する、という、勢力圏の積極的拡大による防衛策が必要となります。それが「列島線」構想です。

「列島線」構想は、あたかも太平洋戦争で日本がハワイ方面へ戦線を拡大し続けた過去をなぞるようです。当時と異なるのは、今回は日本が自由民主主義陣営に属し、対中防衛圏の最前線であるということです。

こうした「列島線」構想による膨張に対して、米国と日本が掲げる統合戦略が「自由で開かれたインド太平洋戦略(Free and Open Indo- Pacific Strategy : FOIP)」。自由民主主義陣営に属する国や地域を統合するポテンシャルを持った戦略です。

実は、この戦略は、安倍首相が2016年ごろから主唱しはじめた構想に、2017年になってトランプ政権が同調したものです。

これまでの日本において、日本が掲げた構想に米国が同調したことがあったでしょうか?安倍政権に対する評価は人によって大きく異なるところですが、少なくとも、戦略的価値観を国際社会に向けて提示し、賛同者を集め、国家の力に変えていくという観点では、安倍政権は大成功していると理解するのが一般的でしょう。


さて次回、この「自由で開かれたインド太平洋戦略」を軸に解説していきます。

ご期待ください。


【余談】

本パート以降は、航空自衛隊幹部学校・航空研究センター発表の論文「米軍の対 A2/AD(Anti Access/Area Denial)作戦概念」を主に参考文献としております。

正直なところ、軍事について多少の知識がないと読解は難しいのですが、ウェブ上で公開された米軍の戦略構想に関する日本語文献の中では抜群の内容ですので、ご興味がある方はぜひともご一読をお勧めします。


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