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さいごに一流であればいい。宮沢りえの透明感は本物か?

 信じていたものが覆される出来事が何と多くなったことか、と感じる昨今。2011年3月11日、「生きるための常識が変わる」と察して今までの自分を疑う事に目覚めた私は、今からの「在るべき姿」を探ることと、服の仕事を結びつけたいと、生活を一変。それから9年近く経ち、予想通りの時代変化の中、最も我に願うことは「心と思考を柔軟に」。何より頑固な精神を作ってはいけない。

 すでに語り尽くされている憧れの女優も、改めて自分の言葉で書きたいと始めて16回目。およそ手が届かない仏の大女優カトリーヌ・ドヌーブや、幼少期から本気で好きだった山口百恵、ファッションを超えた着こなしの樹木希林など、存在の意味が(私たち大衆の前で)完成している女優たちを、再度調べて切り口を決め書いてきた。今回は、宮沢りえ。他の誰より小さい頃から知っていて、大雑把に言えば、社会に出たのが同じくらい。りえちゃんは子役として、私は社会人として。つまり、リアルタイムに見続けてきたという点では、一番身近な女優さんである。

 気品を感じさせた美少女時代、ヌード写真集『Santa Fe』で一世を風靡した10代末、貴花田関(当時)との婚約と破局、自殺未遂騒動や激やせ報道。とここまでは“りえママ”プロデュースによる芸能人的女優。しかし、私が女優として俄然注目したのは『STYLE BOOK』(2005年伊藤佐智子・宮沢りえ著)だ。当時も今も、ファッションの教科書として手元に置いてよく眺めている。何度見ても発見があり、挑戦的なスタイル集だ。女優・宮沢りえだからこその豊かな表情に、服ではなく「経験なんだ」「生き方なんだ」と勇気づけられる。りえちゃんは一体どれだけの経験をしたのだろう。その頃から舞台が多くなり、母となり、今では日本を代表する女優に。10代の頃には、想像もしなかった成長ぶりだ。今一度インタビューなどの動画を観て思うのは、常に自分の言葉で、どんなに自分を未熟と感じていても隠さない。苦い経験を幾度重ねても消えない「透明感」がある。柔軟な成熟とはこのこと。全ての経験は魅力となるのだ。

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