見出し画像

自分をうまく肯定できなくて苦しい

 過度なダイエットが摂食障害招き、健康を脅かす。さらに、それは身体面だけでなく、精神面にも大きな影を落とす。
 ファッション雑誌や広告では細くて、華奢なモデルを採用する。若い、女性向けの服はウエストや足が細く絞られる。
女性=細くて、華奢で守られるような存在という意味付けなのだろうか。

 私の母は食育がしっかりしていて、朝昼晩とご飯を作ったり買ったりしてくれていた。父方、母方の祖母たちも孫に「食べな、食べな」とたくさん食べてもらいたい人たち。時々、行く母方の祖母の家に帰省すると朝ごはんを食べながら昼ごはんの話をするほどだ。それに、父と遊ぶ時の昼食はほとんどラーメンだったし、7歳にして私は一人前を平らげた。
当然のことながら、私は幼い頃から順当に丸くなっていた。
 そのことを酷く姉たちにからかわれた。姉たちとは6.7歳離れており、当時の彼女たちは中学生で日々部活動で運動をしていたため、程よく引き締まっている。

 姉たちは私のその姿を「肉厚」と呼び、あだ名とした。ショックで泣き叫んだが、姉たちは笑い、母も助けてはくれなかった。また、父も私への侮蔑に加担していた。菓子パンを食べているとだから太るんだと怒鳴った。私はただ、そのパンを食べたかっただけなのに。今でもそのパンは怒られたことを思い出させる。

 高校生の時、KーPOPが流行り彼女たちと同じようになりたいと思いダイエットをした。私はまだバスケ部現役で毎日今では考えられない量を走っていた。そんな中でのダイエット。体重はスルスルと落ちていき、52か3kg程まで減る。毎日体重計に乗り、100gの増減で一喜一憂する。増えていようものならご飯を限りなく減らし、更なる減量を目指す。

 そんな風にして食べないダイエットをし、3ヶ月で6kgほど落ちた。脂肪も落ちただろうけど、筋肉もと落ちた。バスケは接触が多い競技でそんな私はプレー中だれかと当たると直ぐに転ぶようになる。

 ダイエットは夏くらいまで続いた。食べないダイエットは飢えが強く、食べたい衝動に駆られる。お米を食べる度に罪悪感を持つ。太っとしまう。頭の中でその考えが何度と何度も反芻する。

 SNSでダイエットのアカウントを作り、他の人の動向もチェックした。この人は〇ヶ月で■キロ痩せたのに私は…と比較する。中には過食嘔吐のような人もいた。私意図的に嘔吐するのは健康に良くないと知りつつ、やりたいと思ってはいた。けれど、私は吐かないことで何とか保っていたのだ。「私はまだそこまで陥っていないぞ」と。

 この考えに至っている時点で私は自分の身体と心を棺桶に突っ込み、ゆっくり死へ向かっていたのかもしれない。


 今では姉たちは丸くなり、父は私が食べたいたあの菓子パンを食べている。鏡を見て身体のあれこれをチェックする。お腹周りが大きいかなとか顔がこの前よりふっくらしてるなという具合に。

 私だけがずっと過去に置いてけぼりで、囚われて、執着している、呪い。

なんだか、殺されそうだ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?