色調

 こんな夢を見た。

 青の見えない、一面灰色の空。肌を湿らす程度の小雨を浴びながら街中を歩いていると、黒い傘を差した女性が道の先に幾人かいる。一人、二人、三人とすれ違っていくのは、傘ではっきりとは顔が見えないまでも、全て自分が関係したことのある女性だ。服装は様々だが、皆が黒い傘を差していた。純白のワンピースに身を包み、か細い手脚を露わにし、同様に黒い傘を差した女性は、初めて自分が心を許した、共に情欲に溺れ、悦楽に浸った女性だった。顔を合わせると透き通るような白に置かれた紅い唇が微かに広がり、私が傘を差していないのを見て黒い傘を畳み、横を歩き出しはじめた。

 彼女の部屋では笹百合がぐったりと萎れていた。淡く黄茶色がかったその百合だけしか、その部屋にあったものは覚えていない。小雨で濡れた黒髪はその水分が艶を際立たせ、潤いに満ちているかと思いきや、日焼けという言葉を知らない真っ白に近い肌には弾力性がなかった。皺とはいかないまでも、痩せすぎた鶏の皮を思い出す身体だった。過去あれ程までに艶かしさを全面に出したその身体はみる影もない。彼女の身体を見て落胆したのは確かで、だが彼女もまた私の身体に失望し悲嘆した。反応するべき箇所は静かに項垂れていたままだったから。その鶏皮に覆われた脚は部屋を飛びだしていった。

 外に出て、シャツの胸ポケットから煙草を一本抜き取り、口に咥えてマッチを擦る。湿気にやられているのか、なかなか火を灯すことはない。一度、二度、三度。四度目でようやく火を灯し口に近づけるけれども、通り抜ける風が即座に棒を灰に変える。最初の勢いは強いが、風を防ぐことが出来ずにすぐ二本目も無駄にしてしまう。三本、四本と先端が黒ずんだマッチを落とし踏みつける。それでもまた火を灯す。幾つも大事なものを失っていくような気がして、それでも火の中に夢を見るように、例えそれが虚構でしかないとしてもマッチを擦る。煙草の先端から煙が上がることはなかった。

 煙が上がっていたのは部屋だった。油で湿った部屋の様々な物から火が立ちこめ、徐々に火の手は大きくなっていく。元々枯れていた百合は気がつく間もなく灰になっていた。その部屋でただ一人、迫りくる炎を眺め立ちすくんでいた。見えるはずのない虚構を、夢を見るように。

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