労働判例を読む#335

今日の労働判例
【三井住友トラスト・アセットマネジメント事件】(東京地判R3.2.17労判1248.42)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、一度雇止めされたが、訴訟によって雇止めを無効とされて復職し、その後も専門職として勤務してきた従業員Xが、未払残業代の支払いを会社Yに対して請求した事案です。
 裁判所は、請求の一部を認めました。

1.管理監督者性
 まず、全ての請求に共通する問題として、管理監督者性が検討されました。もしXが管理監督者であれば、残業代が発生しませんので、全ての請求に関わる問題となるのです。
 ここでの管理監督者に関する裁判所の判断の特徴を一言で言えば、最近の厳しい判断の傾向に沿ったもので、同様に厳しい判断がされた点を挙げられます。
 具体的には、判断枠組みとして示された事情のうちの「経営者と一体的」(経営との一体性)です。これは、単に経営にとって重要な情報を提供するだけでは駄目で、その情報を元に経営判断という責任の重い判断をする立場にあるかどうかが問題になります。つまり、巨大な船の操舵室で、いろいろな計器に情報を提供するのでは足りず、実際に船の進路や速度を決定して、舵を操作し、エンジンの出力を指示し、船内の様々な作業をコントロールする、等の権限と責任が必要、というイメージです。
 バブル時代に、都市銀行の部長職レベルも管理監督者である、という趣旨の解釈が労働省から示されたことがありましたが、今はそのような判断枠組みは採用されていません。経営にとっていかに有用であるとしても、情報を提供するだけで会社経営に関わる重要な経営判断に関し権限も責任も無ければ、管理監督者ではない、というのが現在の判断枠組み、と評価されます。そうすると、経営陣だけしか管理監督者に該当しないではないか、という批判が出るかもしれません。これに対しては、、かなり限定的だし、たしかに会社によっては役員以外に存在しないかもしれないが、それでも役員でなくても意思決定に関わる役割がある会社はあり得ますから、無意味なルールになるというわけではないでしょう。ただ、それだけ狭い概念なのだ、ということになります。
 実際この事案でも、Xは重要な情報を経営に提供するかもしれないが、実際に経営判断するような権限や責任はない、等の趣旨で管理監督者性を否定されました。操舵室やブリッジ、コクピットに情報を提供するだけでなく、その情報に基づいて判断し、実際に会社を動かす人だけが、管理監督者、と評価される時代になってきたように見えるのです。

2.労働時間性
 労働時間かどうかについては、3つの問題に分類されて検討されています。
 1つ目は、所定労働時間内です。
 Xは、一部に時間的な拘束のある業務を担当していたものの、それ以外では比較的自由に時間を使うことが許容されていて、遅刻・早退があっても賃金から控除されない、自己の裁量で労働時間を決定できる環境にあった、と評価されています。
 この認定を前提にすると、所定労働時間内であっても労働時間性の否定される場合がありそうですが、裁判所は、所定労働時間内に何をしていても、業務日誌でどのような業務なのか報告を受けていても、黙認していた、という理由で、所定労働時間内の在社時間は指揮命令下にあったと推認されるとして、労働時間と認定しました。
 実際にパソコンが立ち上がっていない時間は在社時間ではないとして除かれていますが、決められた時間に実際に在社していれば指揮命令下にあると推認されるのですから、仕事をしていないことを会社側が明確に証明できなければ、労働時間外と評価されないことになります。
 2つ目は、早出残業です。
 早出残業は、職場にいて、それなりに仕事をしているのですから、労働時間性を認めるべき場合もあるでしょう。
 けれども裁判所は、早出残業の理由について、「通勤の混雑を避ける等の業務以外の理由で早く出社する場合もある」と認定したうえで、早出残業が、義務付けられた(または余儀なくされた)もので、指揮命令下にあることを従業員側が証明しなければならない、という判断枠組みを示しました。つまり、①原則ルールとして、早出残業は労働時間に該当しない、但し、②例外ルールとして、早出残業が義務付けられた(余儀なくされた)もので、指揮命令下にある場合には、労働時間に該当する、ということになります。
 そのうえで、インターネットなどによる情報収集は、具体的な業務と直接関係なく、義務付けられていないと評価されました。また、朝9時頃に出され、12時までに終了させるべき資料のチェック作業についても、9時から12時の間で対応できた、などの理由から、たとえ「チェックの精度を上げるために自らの判断で早朝出勤していた」としても、余儀なくされたものでなく、指揮命令下にないと評価されました。
 早出残業については、労働時間として認定されにくい傾向があることは従前から指摘されていますが、本判決は判断枠組みとしてこれを明確に示したのです。
 3つ目は、居残残業です。
 結論から言うと、裁判所はパソコンのログオフの時間を就業時間と評価し、Xの主張する居残残業の全てを労働時間と認めました。
 Yは、業務に直接関係の内容な業務を、閑散期には特に、かなり時間をかけて行っていることが業務日誌から確認できるとし、つまりダラダラと密度の薄い仕事をしているということでしょうが、指揮命令下に無いと主張しています。
 けれども裁判所は、これらの業務も人事考課に影響するもので、「一応、原告の業務といえる」と評価したうえで、これら居残残業時間中の業務も含めて日報で業務報告をしているのに、業務内容の指示などされなかった、等の理由から、「黙示の指揮命令があった」として労働時間と認定しました。判断枠組みが明確に示されたわけではありませんが、居残残業時間中の業務内容を会社が把握している場合には「黙示の指揮命令」が認められやすい、という関係はありそうです。
 会社から見ると、早出残業も居残残業も、共に密度の薄い仕事をダラダラしているだけで、実態は同じだ、と考えるかもしれません。
 けれども、用も無いのに早出残業する人の割合は比較的高いかもしれませんが、用も無いのに居残残業する人の割合はかなり低くなるでしょう。特に、上司が帰るまで帰りにくい、というような同調圧力も小さくなってきた現在、用も無いのに居残残業する人の割合はより下がっていくように思われます。
 このように考えると、早出残業と居残残業で判断枠組みが異なる理由も理解できるでしょう。

3.実務上のポイント
 早出残業の判断枠組みは、出張の際の移動時間が労働時間に該当するかどうかの判断と似ているように思われます。すなわち、移動中に明確に課題が与えられて社内で資料を作成するような場合はともかく、移動時間は労働時間に該当しないと言われています。
 一部に、何らかの作業を行えば全て労働時間、と考えている人がいますが、そうではない、ということを、具体的な判断枠組みや事案を通して理解しておきましょう。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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