労働判例を読む#175

「カキウチ商事事件」神戸地裁R1.12.18判決(労判1218.5)
(2020.8.6初掲載)

 この事案は、トラックの運転手Xらが、募集の際の話と条件が違うとして会社Yと対立し、集団交渉と個別交渉の結果、Yの示した譲歩案に納得しないままサインをし、トラックのカギを置いて退出し、その後は業務をしなかった、という事案です。大きな論点は、契約条件(Xらは、求人票の記載と異なる条件などを主張する)と、実際の勤務時間(及びこれによる割増賃金)です。
 裁判所は、Xらの請求の一部を認めました。

1.契約条件
 契約条件に関するXらの主張のうち、裁判所が認めたのは、求人票に記載されていなかった部分だけです。具体的には、試用期間中、2人乗りで「横乗り」の場合の時給が6000円であるとYが主張しているものの、求人票には、試用期間中の時給9000円という一般的な記載しかなかった点です。Yは、6000円と説明した、と主張しましたが、Yの主張は認められませんでした。
 ここで特に注目されるのが、試用期間の期間です。
 求人票には3か月、と記載されていますが、Xらは1か月という説明を受けた、と主張し譲らなかったため、最終的に1か月と7日を試用期間とする譲歩案がYから示され、Xらはこれに署名しました。
 裁判所は、試用期間が1か月であることの立証責任がXらにありながら、Xらの立証は成功していないとしつつ、1か月の試用期間を7日延長することにXが合意したとも評価できる、と説明しています。
 これに対し、労働判例紙の解説は、いくつか検討すべきポイントを挙げています。
 1つ目は、Xらの主張の真偽が不明である点をどのように評価し、取り扱うか、という点、2つ目は、(これが論点であると明確に述べているわけではありませんが)試用期間を延長する場合には、「自由な意思に基づいてなされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する」必要があるとの裁判例があり、この判断枠組みに照らして、試用期間の7日間延長を合理的と評価できるのか、という点です。
 1つ目ですが、裁判所は、真偽不明だから立証責任が問題になる、と説明しています。この点の立証責任までYが負う、ということになるのであれば、求人票の記載があっても、自分の認識は違うと従業員が主張すれば、それだけで、会社が実際の説明の内容やXらの認識を証明しなければならなくなる(立証責任が転換される)ということになります。いくら、労働者に有利に解釈すべき労働法の領域であっても、事実認定に関する一般的なルールをここまで変更すべき理由は考えにくく、裁判所の示した判断は合理的と考えられます。
 2つ目ですが、たしかに、「自由な意思」「合理な理由」「客観的に存在」の判断枠組みから見た場合、Yの示した譲歩案に明らかに不満を抱いていたXらが、この判断枠組みに照らして合意したと評価するのは、難しいようにも見えます。
 しかし、本件では集団交渉と個別交渉を通して、試用期間の長さも大いに議論され、その結果、Yから妥協案が示されています。問題は、Xらに不満があったかどうかではなく、そのような十分な議論の結果、自分にとって妥協案にサインすることがどのような意味があるのかを十分認識していた状況で、Xらがサインした、という点です。上記の「自由な意思」「合理的な理由」「客観的に存在」という基準も、従業員の主観的な認識を条件にしていません。「客観的に存在する」かどうかが問題であり、だからこそ本判決も、上記の説明部分(労判1218.14の左側最初の段落)に続けて、このような交渉の結果署名したのだからXらは労働条件に無関心だったはずがない、という趣旨のコメントを加えています(同第2段落)。
 つまり、Xらは、集団交渉と個別交渉という十分なプロセスを経ていて、自分たちの主張も十分尽くしており、しかも誰かに強制されたわけでもないのにサインしているのですから、「自由な意思」「合理的な理由」(合理的なプロセス)「客観的に存在」が満たされている、と評価されるべきところです。この意味で、2つ目の点から見ても、裁判所の示した判断は合理的と考えられます。
 したがって、試用期間の延長の合理性に関し、「自由な意思」「合理的な理由」「客観的に存在」という判断枠組みが適用される場合であっても、この裁判例は、十分な議論の末に従業員がサインした場合には、この判断枠組みが満たされることを示した事例、として位置づけられるべきである、と整理できるでしょう。

2.勤務時間
 勤務時間は、就業規則の規定などの形式面ではなく、実際に働いていたかどうかという実態面から判断されます。
 この観点から、事務職者の場合、タイムカードの打刻時間や、たとえばパソコンで会社のシステムにログインしている時間を参考に、事案に応じて個別に判断する傾向がみられます。
 トラック運転手の場合、トラックに装着しているタコメーターの回転状況を参考にする裁判例もあります(「大島産業ほか(第2)事件」福岡高裁R1.6.27判決、労判1212.5)。本事案では、タコメーターが参考にされたのかどうか明確ではありません。運転日報が中心となっていますが、停車中の勤務時間制が問題にされているところを見れば、タコメーターの記録が補助的に使われたようにも思われます。すなわち、業務日報の記載を、実際の業務状況に基づいて吟味しているのです。
 ここで、特に問題になるのは休憩時間です。
 この裁判例では判断枠組みが示されていませんが、休憩時間は、「労働からの解放」や、指揮命令されていない状態であることが、判断枠組みとなります。これは、マンションの管理人や工場の守衛など、宿泊を伴う業務であって、深夜など忙しくない時間帯は、何かあれば対応するが、何もなければ休んでいればよい、という業種の従業員に関して多くの裁判例が出され、その中で確立した判断枠組みです。
 同じように車が動いていない時間帯でも、サービスエリアのような場所であれば休憩時間だが、そうでない場所では荷卸しや荷積みの待機中である、など、勤務の実態を考慮し、前者は勤務時間外、後者は勤務時間内、と評価しています。
 さらに、二人乗車の横乗りの際は、(Yがそのうちの半分が休憩と主張しましたが、さすがにそれはないとされたものの)1時間は休憩時間と認定されました。運転席の後方にある休憩可能なスペースで休んでいた、という評価です。
 たしかに、上記の管理人や守衛に比較すると、足を延ばして休める環境ではなさそうですから、「労働からの解放」も十分ではない、という評価がありうるところです。
 けれども、最近の裁判例では、「カミコウバス事件」(東京高裁H30.8.29判決、労判1213.60)で、夜行バスの交代運転手について、乗客用の座席で過ごす時間帯を休憩時間と認定しました。足を延ばしてぐっすりと眠れる環境ではなくても、この程度の解放であれば、「労働からの解放」と評価される傾向が見えてきたのでしょうか。

3.実務上のポイント
 同じ職場など、勤務状況を直接確認できない状況で、ある程度信頼して仕事を任せる場合は、トラック運転手以外にも多くありますが、どこまで、どのように任せるのかについて、考えさせられる事案です。
 すなわち、契約条件や、勤務時間の評価方法について、契約書も作らずに相手を「信頼」していたのでしょうが、それが逆に、信頼関係を壊す原因となっているのです。
 契約条件や、実際の深夜便の勤務時間の評価に関するルールなどを、予め明確に定めておけば、本事案はここまでこじれなかったかもしれません。他方、ある程度信頼して任せる部分も必要でしょうから、任せる部分については会社側も後で文句を言わない、という腹の括りが必要でしょう。
 従業員への仕事の任せ方や、距離の取り方について、参考にしましょう。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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