労働判例を読む#275

【視覚障害者後遺障害逸失利益等損害賠償請求事件】山地下関支判R2.9.15(労判1237.37)
(2021.7.22初掲載)

YouTubeで3分解説!
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 この事案は、いわゆる労働判例ではありません。視覚障害者Xが、横断歩道を渡っているときに自動車に轢かれたため、自動車運転手Yに損害賠償を請求した事案です。
 裁判所は、Xの請求の一部を認めました。
 過失相殺について何ら言及されていないため、責任割合はX:Y=0:100のようです。また、症状固定後の治療費、将来治療費、将来通院交通費、家屋改造費について、賠償額0円と認定しており、Xの請求をすべて否定しています。これらの点は、交通事故に関する裁判例として参考になる論点でしょうが、ここでは労働判例でも問題になることの多い、「後遺障害逸失利益」について検討します。
 この「後遺障害逸失利益」に関し、裁判所は健常者の7割の範囲で請求を認めました。

1.類似する裁判例との比較
 ここでは、「社会福祉法人藤倉学園事件」(「藤倉学園事件」東地判H31.3.22労判1206.15、『労働判例読本2020年版』97頁)と比較しましょう。
 藤倉学園事件は、障害者を預かる施設Y2の管理の不手際によって重度の知的障害者X2が施設を出てしまい、施設から離れた山中で死体となって発見された事件で、Y2が負うべき損害賠償の金額が問題となった事案です。
 藤倉学園事件で裁判所は、逸失利益に関し健常者と同額の請求を認めました。
 ポイントは「蓋然性」にあります。すなわち、健常者であっても仕事を得たり、途中で解雇されないことを前提に逸失利益を算定していますが、これは仕事を得たり、途中で解雇されない蓋然性が高いことを前提にします。この観点から見ると、障害者雇用が促進されている状況で、実際に障害者雇用が増えていること、等を考慮すれば、X2の損害賠償を認めることが合理的とわかります。将来、仕事をして収入を得ることが確実でないかもしれませんが、相当の蓋然性があり、このことは健常者と異ならないからです。
 他方、本事案で裁判所は、健常者の7割の範囲でXの請求を認めました。
 ポイントは「基礎収入」です。すなわち、厚労省の平成25年度障害者雇用実態調査で明らかになった障害者の平均賃金等を前提に、「健常者と障害者との間に現在において存在する就労格差や賃金格差に加えて、就労可能年数のいかなる時点で、潜在的な稼働能力を発揮して健常者と同様の賃金条件で就労することができるかは不明であるというほかなく、その実現には所要の期間の年数を要すると思われる。」として、基礎賃金は健常者の7割が相当、と認定しました。
 このように見ると、結論として両者は矛盾するように見えますが、注目しているポイントが異なるので理論としては矛盾していないとも評価できます。すなわち、本事案の理論(基礎収入に着目した理論)は、藤倉学園事件の理論(蓋然性に着目した理論)を否定するのではなく、むしろこれを前提にしているからです。

2.実務上のポイント
 損害賠償制度は、現実の損害をてん補する制度ですが、そこにはすでに「フィクション」が含まれ、その機能が拡大されています。「逸失利益」も、将来の収入という、未だ現実化していない損害について賠償を認めるもので、「フィクション」が取り込まれた例です。
 もはや、この「フィクション」を否定することはできませんから、今後検討すべきはこの「フィクション」をより合理的なものしていくことです。
 この観点から見た場合、障害者の逸失利益の算定方法をより合理的にするために議論すべきポイントのいくつかが、これらの裁判例によって示された、と評価できるでしょう。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!



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