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松下幸之助と『経営の技法』#163

7/27 小事と大事

~小さな失敗は、厳しく叱る。大きな失敗は、これからの発展の資とする。~

 普通であれば、大きな失敗を厳しく叱り、小さな失敗は軽く注意するということになろう。しかし、考えてみると、大きな失敗というものはたいがい本人も十分に考え、一所懸命やった上でするものである。だから、そういう場合には、むしろ「君、そんなことで心配したらいかん」と一面に励ましつつ、失敗の原因がどこにあったのかともどもに研究して、それを今後に生かしていくことが大事ではないかと思う。
 それに対して、小さな失敗や過ちは、概ね本人の不注意なり、気のゆるみから起こってくるし、本人もそれに気がつかない場合が多い。そして、千丈の堤も蟻の一穴から崩れるのたとえ通り、そうした小さな失敗や過ちの中に、将来に対する大きな禍根がひそんでいることもないとはいえない。
 だから、小事にとらわれて大事を忘れてはならないが、小さな失敗は厳しく叱り、大きな失敗に対してはむしろこれを発展の資として研究していくということも、一面には必要ではないかと思う。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 この「小事と大事」については、「小事は大事」として、『経営の技法』『ゼミナール経営学入門』などで紹介されています。経営者のメッセージを従業員に伝えるツールとして紹介されており、そこでの分析も踏まえながら検討しましょう。
 特に、ここでは「小事」を厳しく叱ることの積極的な理由や背景を、掘り下げたいと思います。「大事」について厳しく叱責すべきでない、ということの理由について、松下幸之助氏が言うように、多くの人が慎重に検討した上でのことで、誰でも大変なことだと判っているのだから、そこで責任者探しをしても、マイナス効果の方がプラス効果を上回る、ということが容易に理解されるからです。
 ということで、「小事」を厳しく叱ることの積極的な理由や背景です。
 1つ目のポイントは、経営上のノウハウや知識の承継です。
 例えば、銀行の窓口では、窓口業務終了後に一円でも計算が合わなければ、従業員が一人も帰ることが許されず、全員で計算が合うまで居残り作業が命じられていました。それがいつの間にか行われなくなったころ、気付いたら、銀行の不祥事が増えてきた、と言われます。従業員の残業代などの費用対効果を考えれば、そこまで厳しくすることによって得られる規律や秩序に比較して、無意味であると見えますから、銀行がこのようなことを止めてしまうことも理解できます。
 けれども、現場の従業員全員がそこまでして大切に、一円単位で管理している「お金」を、雑な信用調査などで簡単に不正融資して良いのか、等の意識や、緻密な現金管理の意識やノウハウが、徐々に薄らいでいくことも、明らかです。このような、「目に見えない資産」(金銭的な評価すらできないレベルのノウハウや知識)は、一見無駄に見える「小事」に拘る経営によって承継されるのです。
 2つ目のポイントは、リスクコントロールです。
 これは、銀行窓口の例で言えば、人間の弱さを織り込んだ不正対策、という消極的な意味でのリスクコントロールです。残念ながら、積極的にチャレンジするためのリスクコントロールという意味はあまり見えてきません。
 けれども、逆に例えば伝統的な商品の品質のこだわりに関わる、細かい作業工程の1つを省略してしまったかどうか、という問題であれば、会社の「こだわり」「経営戦略」などを具体化するプロセスの問題ですので、「小事」と言えども、それが経営戦略のための積極的なリスクコントロールという意味も見えてきます。
 いずれにしろ、軽くあしらわれかねない細かい問題について、経営がこだわりを持ち続けることで、現場の注意力を持続させることが期待されます。
 3つ目のポイントは、経営のメッセージを伝えるインパクトです。
 銀行窓口の勘定の問題を見てみましょう。結論が出るまで支店の全従業員の帰宅を禁じる、という手法は、かなり強烈に、経営のメッセージを強烈に現場に浸透させます。通知文書やマニュアルなどの比ではなく、しかも管理職者だけでなく、全従業員に経営のメッセージを、間違いなく届けることができます。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 とは言うものの、松下幸之助氏が言うように、常に「大事」よりも「小事」を重視することが最適な方法とは限りません。本当に重要な問題を軽くあしらってしまうことになりかねないのです。
 つまり、「大事」と「小事」のどちらを重視するのか、というような判断の良し悪しは、状況に応じて個別に判断すべきことであり、ここで一般的・抽象的に結論が出る問題ではありません。「大事」よりも「小事」を重視することだけで、経営者として優秀、と決めるわけにはいかないでしょう。
 けれども、やはり松下幸之助氏は、優秀な経営者でした。
 氏を経営者として高く評価するポイントは、ミスの違いを見極め、ミスだからと簡単に同じ対応をせず、ミスに応じた適切な対策を講じている点です。特に、一般的に大きなミスほどより厳しく叱責してしまうところを、冷静に分析し、大きなミスほど寛容に対応する、という常識的とは思えない対応をするという、洞察力と判断力でしょう。常識も疑ってかかれ、というのは、非常に数多くの経営者が説くところですが、実際にそのような判断をし、実行し、実績を上げている事例の1つとして、この「小事と大事」をとらえてみるべきでしょう。

3.おわりに
 小さいことに拘る経営は、時に「マイクロマネジメント」と称され、会社を大きくできない経営手法の典型と見られることもあります。実際、全ての業務を把握し、従業員全員をコントロールしようとする経営者もあり、その場合には、従業員には全て経営者の指示を忠実に遂行することだけが期待されます。これは、一面で会社の一体性を高め、突破力を高めますが、他面で経営者のキャパシティーを超えて大きくなれない、という問題があります。
 このように見た場合、「小事」に拘ることは、全ての業務を把握し、従業員全員をコントロールしようとする経営者と同じスタイルということになります。
 けれども、「大事」を大きな問題にしない点が、マイクロマネジメントと異なります。また、「小事」についても自らが直接口出しするためではなく、「小事」のマネジメントは管理職者に任せるはずです。
 むしろ、従業員の自主性と多様性を重視する松下幸之助氏にとって、それだけだとバラバラになってしまいかねない組織の一体性を確保するために、経営が大事にしている考え方を、「小事」を通して徹底し、全ての従業員に共有させようとしている(特に上記1の3つ目のポイント)、と考えるべきでしょう。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。


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