労働判例を読む#271

【淀川交通(仮処分)事件】大地決R2.7.20(労判1236.79)
(2021.7.14初掲載)

YouTubeで3分解説!
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 この事案は、性自認が女性であり、生物学的性別が男性であるタクシー運転手Xが、勤務先のタクシー会社Yから受けた就労拒否の処分を無効と争った事案です。裁判所は、Yの処分を無効と判断しました。

1.乗客の苦情という口実
 Xの上司らは、早朝4時に男性の乗客から苦情(Xから男性器をなめられそうになった、との苦情)を受けたことをきっかけに、Xの化粧が濃い、乗客に不快感を与える、などの理由で就労拒否の処分を与えました。
 このうち、苦情に対しては、その内容が真実であるかどうかを上司ら自身が問題にしないとしており、実際に苦情の内容が真実かどうかの調査を一切行っていないことから、苦情が存在することだけを根拠にしようとしていると認定しました。そうすると、具体的な非違行為が無いのに処分しようとしていることになるが、それは許されないと判断しました。

2.身だしなみ規定に関する判断枠組み
 問題は、化粧が濃い点です。Yは、タクシー運転手が乗客に不快感を与えてはいけないとする各種規定(身だしなみ規定)があり、Xがこれに違反することを根拠とします。
 これに対して裁判所は、身だしなみ規定自体は有効としましたが、これに基づく従業員への制約は「業務上の必要性に基づく、合理的な内容の限度に止めなければならない」とし、必要性と合理性に基づいてその限界を判断する、という判断枠組みを示しました。
 そのうえで、男性だけ化粧を禁止することは性別に基づいて異なる取扱いをするものだから、必要性や合理性は慎重に判断する必要がある、としました。
 さらに、上司らが化粧の在り方を具体的に指摘していなかった点などを指摘したうえで、Xが化粧したことそれ自体を理由に処分したことになる、と認定しました。この点からも、必要性や合理性は慎重に判断する必要がある、としました。
 このように、身だしなみ規定のXへの適用の有効性は、必要性と合理性を慎重に判断して行う、という判断枠組みが示されました。このことを違う視点から見ると、Xに対して女性運転手と同等程度の化粧を認めていたのに、Xがそれに違反して濃い化粧をしていたような場合であれば、Yの処分が有効とされることになります(労判1236.89右37行目近辺)。

3.身だしなみ規定の運用、
 上記判断枠組みに関し、裁判所がYの処分の有効性を否定した主な根拠は2点です。
 1つ目は、「性自認」の重要性です。
 すなわち、「外見を可能な限り性自認上の性別である女性に近づけ、女性として社会生活を送ることは、自然かつ当然の欲求であるというべきである」としました。そのうえで、一部の者に対して違和感や嫌悪感を覚えさせる可能性があるとしても、個性や価値観を過度に押し通そうとするものと評価できないとし、女性と同等に扱う必要性がある、としました。
 2つ目は、現代社会の認識です。
 すなわち、乗客の多くが不寛容ではなく、Yが多様性を尊重しても、苦情が多く寄せられ、乗客が減少して、経済的損失などの不利益を被るとは限らない、としました。
 この2つは、1つ目がX側の事情、2つ目がY側の事情、と整理することができるでしょう。

4.実務上のポイント
 多様性を受容することの重要性が示された点は、もちろん重要です。相互に人格を尊重しあうからこそ信頼関係を築くことができ、組織的な活動を可能にするからです。
 さらにここで注目したいのは、規則の解釈方法です。
 「身だしなみ規定」に関して言えば、例えばきっちりとした格好をしている運転手であったとしても、「堅苦しい」「息が詰まる」等の批判はあり得るところです。すなわち、全ての乗客が違和感や嫌悪感を覚えないということは元々不可能、と言えるでしょう。
 そうすると、苦情が来る可能性がある、というだけであれば、極端に言うとどのような恰好や言動に対しても処分可能となってしまいます。
 したがって、多くの社内規定は、従業員側の自由と、会社側の経営の自由のバランスを取るものであるという視点から考えると良いでしょう。マニュアルや社内規則は、どうしてもその限界を明確にするために詳細になっていく傾向がありますが、詳細にするにも限界があり、詳細にすることで柔軟性も失われてしまいます。
 それよりも、社内規定によって調整しようとするポイントを明確に認識し、柔軟に調整できるようにしておくことの方が、多くの場面で適切に対応できるようになるのです。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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