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松下幸之助と『経営の技法』#136

6/30 経営意識を働かせる

~仕事の上に必ず経営意識を働かせること。いかなる仕事も一つの経営である。~

 諸君の真摯なる努力により年一年、伸展を見つつあることはまことに喜ばしい次第であるが、さて翻って考える時、自分の責務はこれに伴うて加重するのである。すなわち諸君の努力を生かすも殺すも、自分の指導よろしきを得るか否かによって決せられるのであるから、深甚の考慮をはらわなければならないことを痛感する。しかしながら諸君憂うるなかれ。自分には確固たる経営方策があり、断じて誤らざることを明言しうるのである。安心して追随してきてもらいたい。
 ただし諸君は、各自受けもった仕事を忠実にやるというだけでは十分ではない。必ずその仕事の上に経営意識を働かせなければダメである。いかなる仕事も一つの経営と観念するところに、適切な工夫もできれば新発見も生まれるのであり、それが本所(注:「当社」という意味)業務上、効果大なるのみならず、もって諸君各自の向上に大いに役立つことを考えられたい。されば諸君に、今日のお年玉として次の標語を呈しよう。
「経営のコツここなりと、気づいた価値は百万両」
 これは決して誇大な妄語ではなく、真に経営の真髄を悟りえた上は、十万百万の富を獲得することもさしたる難事ではないと信ずるのである。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編・刊]/2018年9月)

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 ここでは、経営者としての松下幸之助氏の立場や責務と、従業員各自の心がまえが論じられています。
 まず、経営者としての言葉を見ると、非常に自信のある言葉で従業員を鼓舞し、リードしています。この点は、経営者の個性が出るところですが、悩みを見せずに毅然とした背中を見せるタイプの経営者であることが、この発言からうかがえます。反対に、頼りない経営者だからみんな助けて、のようなタイプの経営者もあります。この2つのステレオタイプを比較してみると、従業員の主体性や自立を促すのは、弱みを見せるタイプの方であり、リーダーシップを発揮するタイプは、従業員の主体性や自立を育てにくいように思われます。従業員が、経営者の指示や方向性を待ってしまうからです。実際、松下幸之助氏も、自分の指導が重要、自分には確固たる経営方策がある、と発言しており、従業員が氏にリードされる状況が想定されています。
 だからこそ、従業員の心構えが語られています。
 すなわち、ここでの話の後半で、氏は、指示に従っているだけでは駄目だ、経営意識を持て、と従業員に檄を飛ばしています。氏自身が、リーダーシップ型の経営者の弱点(従業員の主体性や自立が育ちにくいこと)を認識していたのです。
 問題は、従業員の自主性や自立が必要な理由です。創業期の会社やワンマン会社に多いのが、強烈な個性を有する経営者が会社の全てを取り仕切っており、経営者に対して誰も文句も意見も言わないような会社です。そこまで極端な場合でなくても、会社が一丸となって活動する会社には、独特の突破力があり、上手くハマれば業績が急上昇し、会社自身も急成長することになります。
 けれども、組織が大きくなり、市場で相手にする顧客や取引先も多様になってくるほど、逆に、多様性のない組織の限界や弱点が見えてきます。
 まず、組織の規模の問題で見ると、経営者の目の届く大きさを超えられない、という限界が生じます。法律事務所経営でも、ボスが全ての案件に責任を持てる大きさは、弁護士の数で20人だ、50人だ、と議論されています。ボスの目が届かない領域でも仕事を任せられるような大きさになるためには、ボスが全ての案件を理解し、責任もって対応しなければならない、という意識を捨てて、他人に任せようという意識を持つことと、同時に、任されるだけの人材があること、が必要です。すなわち、松下幸之助氏が従業員に対して経営者の意識を持つように檄を飛ばしていますが、経営者の意識を持った従業員が増えることで、経営者から現場に任せることのできる領域が広がっていくのです。
 次に、市場の問題で見ると、急成長する過程では、いわゆる「尖った」商品やサービスだけで企業が成長します。市場が「尖った」商品やサービスを高く評価するからです。けれども、「尖った」商品やサービスは、同時に市場自体の大きさにも限界があります。さらに、模倣する競合他社も出てきます。つまり、「尖った」商品やサービスという狭い市場が、すぐに飽和状態になってしまいます。
 そこで、新たな商品やサービスで、新たな顧客や取引先を開拓しなければ、会社の成長は頭打ちになります。いわゆる「壁を破る」ことが必要になるのです。
 けれども、それまで経営者の指示を忠実に果たすことしかしてこなかった従業員しかいなければ、「壁を破る」ことが困難です。経営者自身が、新たな発想で新たな市場開拓ができるのであれば、その範囲で再び成長できるでしょうが、経営者個人の発想にも限界があります。市場に近い従業員の持つ現場感覚や、それに基づくヒント、アイディアなどを活用した方が、新たな市場開拓に成功する可能性も、(一般的には)高くなるでしょう。
 このように、会社の成長や、市場への対応の観点から、従業員の主体性や自立が重要なのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、松下幸之助氏の経営者として素晴らしい資質が、明らかになったと評価されます。株主としては、このような資質が経営者に備わっているのかどうかを見極めることが重要です。
 すなわち、一方でリーダーシップが重要であることを自覚し、それによって従業員に安心して業務に取り組むように働きかけるとともに、他方で従業員の主体性や自立の重要性も理解し、檄を飛ばしているからです。従業員をリードしつつ、従業員に自立してもらおうという、下手をすると矛盾する要請について、そのバランスを取っているのです。

3.おわりに
 今日紹介した金言は、昭和9年の年頭の発言のようです。この時点で既に、リーダーシップと従業員の主体性に関する氏の考え方が明確に確立しています。その後の発言を見ても、この考え方がブレていないことがわかります。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。


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