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松下幸之助と『経営の技法』#170

8/3 製品をつくるのは人

~製品をつくる前に、まず人をつくる。人を求め、人を育ててこそ、事業の発展がある。~

 どんなに完備した組織をつくり、新しい手法をどうしてみても、それを生かす人を得なければ、成果もあがらず、したがって企業の使命も果たしていくことができない。企業が社会に貢献しつつ、自らも流々と発展していけるかどうかは、一にかかって人にあるともいえる。だから、事業経営においては、まず何よりも、人を求め、人を育てていかなくてはならないのである。
 私はまだ会社が小さい頃、従業員の人に、「お得意先に行って、『君のところは何をつくっているのか』と尋ねられたら、『松下電器は人をつくっています。電気製品もつくっていますが、その前にまず人をつくっているのです』と答えなさい」ということをよく言ったものである。いい製品をつくることが会社の使命ではあるけれども、そのためにはそれにふさわしい人をつくらなければならない。そういう人ができてくれば、おのずといいものもできるようになってくると考えていたことが、若さの気負いもあって、そのような言葉となってあらわれたのであろう。しかし、そういうことを口に出して言う言わないは別として、この考え方は私の経営に一貫しているものである。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 1つ目のポイントは、人材の重要性です。
 これは、言うまでもないことでしょう。新しいアイディア、それを製品にする開発、製品化する製造、販売する営業、会社組織を支える管理、これらはいずれも担当する従業員のやる気と能力によって、結果が大きく異なってきます。
 会社によって、人材を「人財」と表記するのも、このような認識によります。
 2つ目のポイントは、松下幸之助氏の発言の背景です。
 松下幸之助氏は、人材を獲得する方法と、育成する方法の2つを示し、その中でも特に、人材育成の有用性について、熱心に説明しています。
 ところで、人材育成と聞くと、マイナスのイメージも思い浮かびます。
 すなわち、終身雇用制を前提にした人材教育の場合、教育期間中の若手従業員の給与は相対的に低く抑えられ、役職者などになった、キャリア後期に相対的に高い給与が得られるようにして、長期就労のモチベーションを与えている(教育制度もその一翼を担う)こと、会社で教育される能力や知識は、その会社でしか通用しない、など、人材を会社に縛り付ける役割を、人材教育が果たしている、というイメージです。特に、松下電器自身が大企業に成長した現在、松下幸之助氏の発言には、このような背景が共有されているように見えるかもしれません。
 けれども、ここでの発言は、同社が大きく成長する前の段階での発言です。特に、高度経済成長期に確立したと言われる終身雇用制よりもはるか以前の話であり、終身雇用制による従業員の囲い込みが必要となるような、会社にとって人材不足が問題となるような時代ではありません。就職市場に関して言えば、従業員側の売り手市場とは言えない状況、すなわち従業員を終身雇用制度の下で囲い込むべき必要性が、相対的に低かった時代だったようです。
 そうすると、松下幸之助氏のコメントは、従業員を無理に引き止めなくても、それなりに優秀な従業員を中途採用などで市場から採用できる可能性が、相対的に高かった時代かもしれません。
 つまり、氏の発言は、終身雇用制を前提に従業員を抱え込もうとする意図ではなく、純粋に会社を強く大きくしたいという意図からの発言、と評価すべきでしょう。
 3つ目のポイントは、経営モデルとの関係です。
 会社の経営モデルとしては、経営者の指示命令を忠実にやり遂げることだけが従業員に求められ、組織の一体性や、それに基づく突破力が重視されるモデルもあります。
 これに対し、松下幸之助氏は、従業員の自主性や多様性を重視し、部門や従業員に権限をどんどん委譲します。多様性を重視するモデルです。
 このどちらが正しい、ということではなく、会社の発展ステージやビジネスの内容、経営者の個性や特性などに応じてアレンジされていくべきものですが、松下幸之助氏は、従業員の自主性と多様性を重視するモデルを一貫して推奨し、実施しています。
 そして、この経営モデルから見ると、ここでの従業員の育成は、単に経営者の指示や命令を忠実に遂行するような、その忠誠心を鍛えるような育成ではなく、自ら問題意識を持ち、感じ、考え、実行するような能力、すなわちプチ経営者になるような能力を育てるための育成のはずです。つまり、松下幸之助氏は、経営者になれるような人材を早い段階から育成していることを、誇りとしてアピールしているのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、経営者は「儲ける」ことが求められますが、それは会社が社会に受け入れられるような方法によらなければなりません。なぜなら、例えば最近の数多くの品質偽装問題(食品、素材、部品など)で、数多くの会社が経営危機に直面するほど追い詰められているからです。すなわち、何をしてでも良いから儲けろ、というのであれば、それはマフィアや暴力団と同じです。むしろ、会社が社会の一員として受け入れられ、長く仕事を続け、長く収益を上げられることが重要であり、経営者は「適切に」儲けることが求められるのです。これは、コンプライアンス、CSR、企業の社会的責任、ノブリスオブリージュ、などの言葉で示されるものです。
 前半で、松下幸之助氏が、「企業が社会に貢献しつつ、自らも流々と発展していけるかどうか」と話している部分は、まさに、経営者としての社会的な責任や役割を理解した上での発言です。

3.おわりに
 さらに、マーケティング上の効果も狙っているようです。戦前のことなのか、戦後のことなのか、時期ははっきりしませんが、モノづくりよりも先に人づくり、という経営方針は、会社や製品に関するPRにもなったことでしょう。「ずいぶん気の長い話ですな」、などとからかわれたかもしれませんが、営業先の相手と会話するきっかけになったでしょうし、自分の従業員を大事にするなら、取引先も大事にするだろう、等という信頼にもつながったと思われるのです。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。



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