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松下幸之助と『経営の技法』#141

7/5 しっかりやってくれだけでは

~長所を発揮できない人には、より具体的な指示をする必要がある。~

 私は人の長所を見て、その長所を使ってきた。しかし、その長所が出ないという場合には自分がかかわってやる。かかわってやるというても実際にできないから、かわってやるがごとき具体的な指示をした。具体的な指示ができない時には、具体的な指示に等しい方法を提案した。
「君はどこへ行って会社を見てこい。誰に会うて誰にこういうことを聞いてこい。それじゃ、君よくわかるで。それでもわからなんだら、君は他へかわれ。他の人に譲れ。そして他で仕事せえ」と、そこまでやったわけである。それもいちいちやってきたわけである。それをやらずして、この会社はできないです、本当は。私はそう思うんですよ。
 やっぱりね、社に長たる人は、部に長たる人はその分に応じてその仕事をせないかん。実際に指示せないかん。ただしっかりやってくれだけではいかん。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編・刊]/2018年9月)

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 直近では、7/3の#139で検討しているとおり、松下幸之助氏は、従業員の自主的で自立した意識や活動の重要性を繰り返し説いています。このことの、経営的な意味での重要性は、①組織の活性化やリスク対応力の向上、②活動範囲や深度の拡大(経営者のキャパシティーを超えた規模にすることができる)、③後継者の育成、等が主なものです。
 けれども、ここでは一見すると逆の話をしています。
 すなわち、①任せられない場合には、「しっかりやってくれ」と任せるのではなく、具体的な業務を指示すること、②任せられない場合には、そこから異動させること、を説いています。任せるかどうか、という点だけを見れば、説いている内容は逆なのです。
 けれども、このことから松下幸之助氏の発言が矛盾している、一貫していない、などと評価する人はいないでしょう。任せられる人かどうかによって決まることだからです。
 さらに、ここで特に注目されるのは、③プロセスです。
 すなわち、どこに行って、誰に会って、何をすべきかを、詳細に、具体的に指示し、能力を見極める機会を与えたうえで、異動(解雇も含むと思われます)を行っているのです。
 これのどこが注目されるのかというと、労働法上の要請に合致するからです。それは、解雇などの従業員にとって不利益な処分を行う場合には、当該従業員に適切に機会を与えることが必要とされている点です。これには、合理的で適切な評価と、名誉回復のために何が必要でどうすべきなのか、という具体的なフィードバックや指示が必要であり、松下幸之助氏の説く従業員への指示や対応は、このようなプロセスから見て、十分合理的なのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、上記のようなメリットやリスク対応の重要性を十分認識していることが、経営者の資質として重要であることが理解できます。
 特に、優秀な従業員にどんどん仕事を任せる経営者であっても、期待に応えていない従業員に対する対応が雑で、充分な機会も与えないまま異動させたり、解雇したりする場合が見受けられます。
 けれども、従業員は会社側の対応を実によく観察しています。
 期待に応えていない従業員だからと言って、雑に扱われているのを見た従業員は、いずれ我が身、と身構えてしまって、会社へのロイヤリティーを落としてしまったり、失点を防ぐためにリスクを取ってチャレンジすることをしなくなったりするなど、会社全体の活気やリスク対応力が落ちてしまうことが懸念されるのです。
 もちろん、終身雇用制の限界が露呈し、従業員のロイヤリティーやモチベーションを維持し、高めるための様々な施策が模索されていますが、そのことと、従業員を雑に扱うこととは別です。むしろ、会社として厳しい判断を示す可能性が高まっている今日こそ、従業員への対応を丁寧にすることが重要なはずです。
 すなわち、人事政策の重要性を十分認識し、丁寧に対応できる資質が、経営者に求められるのです。

3.おわりに
 さらに、驚くべき点は、このプロセスを、松下幸之助氏は「いちいちやってきた」と説明しており、もしかしたら戦前からやり続けてきた方法かもしれません。
 ところが、従業員にとって不利益な処分を与える場合のプロセスの重要性は、戦後の新しい労働法制の下で、裁判例の蓄積を通じて徐々に明確になってきたことです。すなわち、従業員に機会を与えるというプロセスは、労使の長年にわたる交渉や訴訟の積み重ねによって、日本の雇用状況に合致したルールとして確立していったのですが、それを、松下幸之助氏は随分と前から先取りしていたことになるのです。
 単に、目先の業務効率や人件費、人事管理業務の負担、等にとらわれるのではなく、従業員のモチベーションや、従業員教育、企業の社会的責任などについても、日ごろから深く洞察していたからこそ、その後に合理性が認められたルールを先取りした運用に至っていたのでしょう。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。


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