労働判例を読む#276

【国・中労委(学校法人神奈川歯科大学)事件】東地判R2.6.26(労判1237.53)
(2021.7.23初掲載)

YouTubeで3分解説!
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 この事案は、病院Xの看護師Cが、配転拒否を理由として解雇されたが、訴訟で当該解雇は無効と判断され(2審で確定)、物忘れが激しくなったため医師の診断を受け、多発性硬化症と診断されたため、Xから休職を命じられ事案です。その後、Cは「白質脳症」(原因不明)だが「就業に特に制限はない」などの診断を得たうえで、Xに対して直接復職を求め続け、労働組合を通した折衝でも復職を求め続け、さらに休職命令無効訴訟を提起するなどしてきました。なお、訴訟は休職命令の一部を無効と判断し、控訴審でも概ねそれが認められて確定しています。
 このような中で、労働組合は労働委員会に、XによるCの復職拒否が不当労働行為に該当するなどと主張して争いましたが、地労委・中労委Y・1審・2審(本判決)いずれも、不当労働行為の成立を認めました。すなわち本判決は、Yの判断(不当労働行為に該当するという判断)の合理性を認め、これを取消すよう求めたXの請求を否定しました。

1.論点の整理
 本事案では、不当労働行為の中でも①不利益取扱い(労組法7条1号)、②断交拒否(同条2号)が特に問題になりました。なお、両者に共通する問題として「支配介入」(同条3号)も問題になりますが、ここでは検討を省略します。
 このうち、①不利益取扱いは、❶「不利益な取り扱い」と、❷組合員であることの「故をもって」行われたことが要件となります。②断交拒否は、❸誠実交渉義務が存在し、❹それに違反したことが要件となります。
 ここで、❶❸は、比較的容易に認定されています。❶については、実際に休職処分が継続され、収入が減少していたこと、❸については、(❶と関わりますが)労働条件に関わる事項であることと、労働者による処分が可能(休職処分の取り消しや復職命令など)であることの2つの要件が満たされること、がそれぞれの根拠となります。

2.❷「故をもって」
 裁判所は、まずYの主張に基づき、CX間の対立が激しくなっていた中での復職拒否だから、Cや組合の職場での影響力排除を意図していた、と認定しました。いわゆる状況証拠からXの意図を認定したのです。
 続けて裁判所は、Xの主張を特に詳細に検証しました。
 1つ目は、看護師の職務や責任の重大性から、特に患者の生命や安全にもかかわることから、原因不明では復職させられない、というXの主張です。
 ここで裁判所は、まずXの就業規則(休職事由)を制限解釈します。すなわち、就業規則では「特別の事情」があるとXが認める場合に、休職を命じることができると規定されていますが、「特別の事情」は「業務に具体的に支障があること」をいうと制限解釈しています。
 これに対してXは、原因調査中であった、Cの得た診断書も無条件での復職を認めていない、などの反論をしています。裁判所は、特に復職条件に不明確な面があるなら、CではなくXの側に、復職のための検討をすべき義務がある、などとしてXの対応が不十分と評価しています。
 このように、看護師の職務や責任の重大性、患者の生命や安全、という一見もっともな理由に対し、業務への具体的な影響がないだけでなく、それを克服すべき対応をしていない、としてXの主張を否定したのです。「故をもって」という要件を証明することは、それが会社組織の意識として見ると非常に難しいことですが、この判決の示した理由によると、会社による従業員に対する対立的な経緯を示すことができれば、この「故をもって」という要件の証明も可能であることが示されたのです。
 2つ目は、Cに配置転換させるのは難しい(以前、配置転換を拒否したことがある)、というXの主張です。
 ここで裁判所は、配置転換を拒否したのはトラブルの初期段階であり、その後具体的に検討されていないことから、理由にならないと評価しました。

3.❹誠実交渉義務違反
 ここでも裁判所は、まずYの請求を認めました。すなわち、Cを復職させるかどうかについての議論は、訴訟で行うなどとして団体交渉に一切応じなかったことから、誠実交渉義務位に違反していることを認定しました。
 そのうえで、同様にXの主張を特に詳細に検討しました。
 1つ目は、訴訟の関係者と組合との団体交渉の関係者が重なることから、団体交渉で回答しなかったことに合理性があるとするXの主張です。
 裁判所は、訴訟のように過去の紛争を解決するのではなく、団体交渉は将来の労使問題も含めて対策を議論する場だから、訴訟で議論していることは理由にならないと評価しました。
 2つ目は、医師の診断内容や治療内容が分からないと交渉できない、とするXの主張です。
 裁判所は、実際の交渉の場でそのような前提になっていなかった、などとしてXの主張を否定しました。
 3つ目は、Cの要求が、Xが既に明確に否定した対応を繰り返し求めるものであり、しかのCにそのような法的権利がない、とするXの主張です。
 裁判所は、労使交渉は過去の問題を審議する場ではなく、将来の法的関係の創設も含め、将来の労使関係を議論する場であり、過去の交渉経緯などだけで判断できない、などと評価しました。すなわち、将来の円満な労使関係のために現在の労使関係を修正することも含めて議論すべきであることを考えれば、すでに過去の問題として決着済み、という反論は認められない場合があることが示されたのです。

4.実務上のポイント
 従業員の処遇に関して労働組合が介入してくることは、会社に組合がない場合でも起こりうることで、多くの会社にとって意外と身近な問題です。この事案では、裁判に判断を委ねている、という会社側の反論が様々な場面で否定されました。裁判所での議論に交渉の場を集約し、こじれてしまった状況を整理したい気持ちも分かりますが、組合との折衝は裁判所の議論と役割りが違うことや、この判決で裁判所が組合との話し合いを促している状況を考えると、組合とのかかわり方について参考になるポイントが多く示されていると評価されます。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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