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松下幸之助と『経営の技法』#287

11/28 死も生成発展の姿

~死を恐れ、避けようと考えるのではなく、生成発展の1つの過程ととらえたい。~

 今までは、ただ本能的に死を恐れ、忌み嫌い、これに耐えがたい恐怖心をもってまいりました。またいろいろな教えも、死の恐怖から説いてきたのであります。まことに人情として無理もないことと思います。しかしながら、このように死を恐れ、死を避けたいと願う本能にかられるあまり、そこからいろいろな迷信を生み出し、混乱を招くようになったのであります。
 そこで繁栄、平和、幸福を実現するためには、死に対するはっきりした考えをもたねばならないと思うのであります。死を賛美することは異常な考えでありますが、そうではなくて、真理に立脚し、自然の理法に基づいて従容として死に赴く死生観をもたなければならないと思うのであります。
 生成発展の原理はこれに対して答えを与えてくれます。すなわち生成発展の原理に立てば、死は恐るべきことでも、悲しむべきことでも、辛いことでも何でもないのであって、むしろこれが生成発展の1つの過程であり、万物が成長する姿であるといえるのであります。そして死ぬということは、この大きな天地の理法に従う姿であって、そこに喜びと安心があってよいのであります。

(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

2つの会社組織論の図

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 昨日(11/27の#286)は、「生と死」をキーワードに、会社経営に関わる様々な新陳代謝を検討しました。今日の松下幸之助氏も、「死」の必然性と、それを正面から受け止めることの重要性を説明していますが、昨日と違う点は、「死」を恐れることがもたらした問題を指摘している点です。すなわち、死を恐れ、避けたい、という本能により、「いろいろな迷信」「混乱」が生じた、と指摘しています。
 これは、社会現象として見れば、おかしな宗教や社会的混乱のことを指すのでしょうが、昨日検討したように、会社経営に関わる様々な新陳代謝に関し、健全な交代ができない場合の問題を検討しましょう。特に、「死」の恐怖が問題になっていますから、交代の場面での、古いものの「退出」に関する問題が中心となります。
 まず、従業員の「退出」と言えば、典型的には従業員の退職です。
 たしかに、松下幸之助氏は様々な場面で、その時点で使えないように見える従業員も使いこなすことの重要性を繰り返し指摘していますから、従業員の解雇に積極的とは言えません。
 けれども、会社と従業員の関係は、一方当事者のサイズが大きく異なりますが、夫婦関係に似ています。破綻したのに無理して同居し続けることは、双方のためにならず、むしろ、円満に離婚した方が、双方の未来の可能性が広がり、精神面だけでなく物理的にも好ましい場合が多くあります。したがって、経営者であれば、本当にお互いのためになる場合には、従業員を解雇するという厳しい決断をすることも重要になります。
 これに対しては、日本の労働法では解雇ができなくなっている、と誤解している人もいます。
 しかし、日本の労働法は、不適切な解雇を禁じているのであって、適切な状況で、適切なプロセスを経た場合の解雇まで無効と評価しません。もちろん、会社が一方的に「適切」と思いこめばよいわけではありませんから、簡単に解雇できるわけではありませんが、かといって解雇が不可能というわけでもありません。
 しかも、適切なプロセスとして評価される最も重要なポイントは、従業員に対する適切なフィードバックや警告、指導と、改善の機会の付与です。これは、人材管理の観点から見ても非常に合理的な条件です。「離婚」に相当する「解雇」が、本当に双方にとって必要なことなのかを見極めることにつながるからです。
 ところが、本来は縁を切るべき従業員を解雇せずに抱え込んでしまうと、すなわち「退出」させることができなくなると、会社組織の中に、会社に対する不満を抱いた従業員を抱えることになります。例えば、冷え切った夫婦や、険悪な夫婦が、子供の成長に与える影響をイメージすれば、会社組織の運営にどのような影響が与えられるか容易にイメージできます。組織の一体性や活力が損なわれ、生産性や永続性が害されることになるのです。
 このように、従業員の「退出」である解雇について、積極的に行うかどうかはともかく、これを果敢に行うべき状況があり、それを避けると、会社組織に悪影響が出てしまいます。
 次に、ビジネスや業務の「退出」です。これは、いわゆる「お荷物」事業の取扱いです。
 「お荷物」事業が、社会情勢の変化をうまく捕まえて躍進する話ももちろんありますから、問題は本当に「お荷物」かどうかを見極める能力と、「お荷物」と見極めたら上手にこれを「退出」させる能力が重要になります。
 「お荷物」事業が会社経営をどのように圧迫するかについては、ここで説明するまでもないでしょう。バランスシートを重くし、経営効率が悪化するだけでなく、従業員のモチベーションや一体性にも悪影響を与えます。特に、継続的に長く利益を上げるためには、昨日の「老舗学」でも見たように、コアな部分へのこだわりと、社会情勢の変化への柔軟な対応のバランスが重要ですが、特に後者の柔軟な対応を阻害してしまうのです。
 人と事業の「退出」は、それが「レジェンド」と称されるような場合ほど困難になりますが、腹を括ってこれをやり遂げるべき場面もあるのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 まず、事業の「退出」に関し、市場の観点から見ると、「ゾンビ企業」を作り出さないことが重要ですが、そこで最も問題になるのは、不況時などに行われる企業支援です。本来「退出」すべき会社は支援せず、逆に「退出」してはいけない会社を手厚くサポートする、という目利きが、支援する側に求められるのです。このような目利きは、役所に期待できるものではなく、したがって公的な企業支援が市場をかき乱してしまいます。退出すべき企業が退出しなかった場合の経済市場への影響は、昨日検討したとおりですが、市場の新陳代謝という観点から、企業支援の在り方が議論され、整備されるべきなのです。
 次に、人の「退出」に関し、昨日は経営者の交代を検討しました。
 経営者の「退出」が上手くいかないことによる問題は、いわゆる老害の問題であり、どこの国にも著名な先例が沢山あります。特に問題なのは、創業家一族が代々経営者となるような伝統のある企業です。後継者候補が、一族の中にいれば良いのですが、これがない場合には、経営者は退出を躊躇しがちです。経営者交代の重要性を経営者が認識し、実際に潮時を見極め、それを実行する、という能力が求められるのです。そして、これらを一度に解決する方策の1つとして、昨日もGEを引き合いに検討したとおり、経営者に次の経営者選びをするミッションを与える方法が考えられます。
 このように、経済市場やガバナンスの観点からも、「退出」は重要な問題です。

3.おわりに
 人と事業、それぞれについて、会社内部の問題と市場や経営者の問題として検討しましたが、共通するのは「退出」する人や、事業に関わる人々の痛みです。その痛みを恐れ、それによって逆恨みされたり、トラブルが起こったりすることを恐れるために、「退出」ができない、という面があります。
 他方、自分だって解雇されるかもしれない、事業の退出に伴って職を失うかもしれない、という事実を正面から受け止め、だからこそ、必要な「退出」を行うことが、経営者として求められる決断と責任だ、と腹を括ることが求められるのです。
 死を正面から受け止めることが、「喜びと安心」につながるという松下幸之助氏の言葉は、会社経営の文脈では、このように解釈できると考えます。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。

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