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松下幸之助と『経営の技法』#168

8/1 経営力

~よき経営結果を生み出すその根源は、経営力にある。~

 昭和50年の12月に松下電器がアメリカで1億ドルの転換社債を発行した際に、二大格付機関であるS&P社とムーディーズ社から、それぞれ「AA」「Aa」という非常に高い評価を受けたのです。その時に、そうした高い評価を受けた理由について、社内の会合で話題になったのです。それは、松下電器の財務内容がいいこと、業界に占める地位が高いこと、そして経営力がすぐれていること、この3つだということでした。それを聞いた時に、私はこういうことを言ったのです。「それは大変嬉しいことだ。しかし私はその3つの順序が違っていはしないかと思う。経営力を一番にもってこなくてはいけない。というのは、経営力というものがすべてを生むのだ。財務内容とか業界での地位とかは、経営力さえ高ければ、自然によくなっていくものだ」と。
 もちろん、それを話題にした人は意識的に順序をつけたわけではなく、私も冗談半分のいわば座興としてそういうことを言ったのですが、しかし考え方としては、私はそれが真実だと思っています。財務内容のよさとか業界における地位の高さとかはあくまで結果にすぎず、それらを生み出す根源は経営力にあると思うのです。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 会社の体力や実力という意味で見れば、ポイントは2つあるでしょう。
 1つ目は、視点の違いです。
 たしかに、財務状況が良いのも、業界での位置付けが高いのも、経営がうまくいっていることの結果でしょう。会社を経営する側から見たら、より本質的なことを重視してほしい、という気持ちもよく理解できます。
 しかし、会社を外から分析し、評価する立場から見れば、事実として観測が可能である財務状況や業界での位置付けの方が、評価や推測が関わる経営力よりも、具体的で説得力がありますので、こちらが優先されることも、当然でしょう。
 このように、経営者と外部の評価者という視点の違いが、重要性の認識の違いにつながるのです。
 2つ目は、経営の姿勢の問題です。
 格付けとその根拠を聞き、外からは、財務状況や業界での位置付けを重く見るのだ、という認識が、経営者に共有されかけていたところでしょう。
 そこに、松下幸之助氏は、本質的で重要なのは「経営力」である、と釘をさしています。口調は、冗談めかしているようであり、格付け機関への文句のようでありますが、実際は、経営陣に対し、本質を見誤らないように指導しているように思われるのです。
 それは、特に大きな企業になるほど、財務状況や業界での位置付け、市場占有率などの見える数字や評価を上げることそれ自体が経営目標になってしまっているような会社が、多く見受けられるようになるからです。もちろん、経営の権限をどんどん委譲し、各部門や従業員の自主性を重視する経営モデルを採用する場合には、権限を委譲する側の経営者と、仕事を任される側との共通の「物差し」が必要になってきますから、そこに、評価が分かれない客観的な指標を持ってくることは、合理的です。
 けれども、問題はそのような技術的なツールが主目的になってはいけない、という点です。
 特に、部門や従業員に権限を委譲する側の経営陣まで、技術的なツールで示される結果に振り回されていては、会社経営が、中身を伴わない見かけだけのものにどんどん流されていってしまいます。部門や従業員に対して、まずは目標として見えやすい「物差し」で指示を出すものの、それが、「経営力」という本質的な目標に合致する形で活用されているのか、形だけ整えようと楽な方向に逃げていないのか、を見極め、部門や従業員をコントロールするのが、経営陣です。
 すなわち、財務状況や業界での位置付けのような「物差し」に一喜一憂するのではなく、「経営力」を強くしていくことに注力するように、という意識を、経営陣に徹底したように思われるのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、経営者が約束を果たし、ミッション(適切に儲ける)をやり遂げてもらうために、共通の「物差し」を共有することは重要です。もっとも重要なのは、配当の合理性を裏付ける財務状況であり、株主が経営者を財務面でコントロールするために、財務諸表に関する詳細なルールや公認会計士などの制度・プロセスが設けられています。
 けれども、財務状況などの「物差し」は、経営の一面を測るものにすぎず、万能ではありません。
 様々な「物差し」を株主に報告し、経営者は自らの経営の合理性を主張してきますが、実際に会社が強くなっているのか、経営者には会社を強くする「経営力」があるのか、という本質部分を見極めること、実際にそれはとても難しいことですから、本質部分を見極めようと意識し、努めること、が、経営者への投資(株式の購入)を成功に導くために、重要なのです。

3.おわりに
 松下幸之助氏は、冗談めかして話した、と言っていますが、実際の役員会では、もっと厳しく指導していたようにも思われます。後進の指導について、氏は、一貫して「本気で叱る」「さらけ出す」ことを説いており、経営陣にこそ、本質を誤らない判断をして欲しいと強く思うはずだからです。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。





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