労働判例を読む#339

【学校法人梅光学院(給与減額等)事件】(山口地下関支判R3.2.2労判1249.5)

 この事案は、学生数の減少などに対応するために経営改革をしていた学校Yによる就業規則の変更の有効性を、給与等が減額された教授や准教授等の教員Xらが争った事案です。裁判所は、就業規則の変更を無効とし、変更前の就業規則による処遇を認めました(差額の支払いを命じました)。

1.判断枠組み
 裁判所は、労契法10条の列挙する判断枠組み、すなわち「労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして」判断する、としています。
 ここで特に注目されるのは、この判断枠組みを当てはめる際の基本的な考え方が示されてる点です。
 すなわち、「(就業規則の変更による)不利益を労働者に法的に受任させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容」でなければならない、と示されています。この基本的な考え方が、事案の評価に影響を与えているように思われます。実際の評価に関連して、検討しましょう。

2.具体的な評価
 具体的な評価は、労契法10条の示す要素に事実を当てはめて行われていますが、特に注目されるのは、特に変更の必要性や内容の相当性です。これらの必要性や相当性に関し、裁判所は、以下のような財務データに基づく分析を行っています。
① 帰属収支差額
 必要性肯定。
 赤字の年があったこと、金融資産額が減少していたこと、入学者減少傾向にあること、校舎の耐震性を高めるために25億円必要であること、人件費が同一県内の私立学校で高い方から3番目であり、人件費の支出での割合が高いこと、などから収支構造の改善の検討は不合理でない。
② 資金剰余額(帰属収支差額①に減価償却費を加えたもの)
 Yにとって消極的。
 黒字に転換しており、学生生徒等納付金額も増加している。
③ 流動比率(流動負債に対する流動資産の割合)
 Yにとって消極的。
 優良とされる200%を超えている。
④ 流動資産超過額(流動資産から流動負債を差し引いた金額)
 Yにとって消極的。
 10億円以上の黒字となっている。③④により、「短期的な支払能力に格別の問題は見られず、流動負債を返済した後の余裕資金も十分にあった。」
⑤ 固定比率(純資産に占める固定資産の割合)
 Yにとって消極的。
 100%以下が好ましいところ、100%を下回っている。長期的に安定している。
⑥ 純資産構成比率(資産に占める純資産の割合)
 Yにとって消極的。
 一部の年度を除き、約90%前半で推移している。
⑦ 有利子負債率(資産に占める有利子負債の割合)
 Yにとって消極的。
 約2.8%~0.9%で推移している。
⑧ 外部負債に対する金融資産の倍率
 Yにとって消極的。
 約9倍~18倍だったのが、約2倍となった。
⑨ 外部負債の金融資産超過額
 Yにとって消極的。
 一部の年度を除き、約23億円~28億円で推移している。
⑩ 換金可能な金融資産
 Yにとって消極的。
 換金可能な金融資産が多い。
⑪ 有利子負債+長期借入金
 Yにとって消極的。
 (明示していないが)利子負担が小さい。
⑫ 資産に占める純資産(自己資金)の割合
 Yにとって消極的。
 高いほど学校法人の経営が安定すると言われている。

3.実務上のポイント
 このように、従業員に大きな負担を負わせる場合の合理性について、裁判所は経営上の必要性・合理性を聞いてくれる状況にありますが、けれども決して甘いものではない、ということが理解できます。
 そして、1の末尾で示された基本的な考え方が、以上のデータ分析の最後の評価の部分で示されています。
 すなわち、資金が10年でショートする、というYの主張は認められず、危機的状況になく、「労働者が不利益を受任せざるを得ないほどの高度の必要性があったとは認定できない」と評価し、必要性や合理性を否定しています。
 これに対しては、詳細な分析は現実的でない、という意見があるかもしれません。
 けれども、たとえば経営危機に瀕した時に銀行に融資を依頼する場合、現在の財務諸表の分析だけでなく、資金援助を受けるとどのように経営再建が可能であるのかのシミュレーションなども詳細に行う必要があり、しかもそれを銀行が認めてくれなければ融資されないでしょう。
 銀行から虎の子のお金を借りることが大変であるように、従業員に経営の失敗を負担してもらうことも大変なことであり、けれどもそれが全く不可能なのではなく、同様にその必要性や合理性を丁寧に検証し、説明できれば有効となります。
 このような、人件費削減のための経営の努力は、就業規則の変更だけでなく、整理解雇の場面でも同様です。
 なお本稿では、条件変更の必要性と合理性の点に絞って検討し、代償措置の合理性や変更に至るプロセスは検討していませんが、いずれの点も、合理性を説明し、証明できるように丁寧に検討し、実践することが必要です。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?