松下幸之助と『経営の技法』#253

10/25 大衆の判断

~大衆はいいかげんで信用できないと考えるか。そうではなく、神のごとく正しいと考えるか。~

 企業活動はいろいろなかたちで直接間接に世間、大衆を相手に行われている。その世間、大衆の考えるところ、行うところをどのように見るかということは企業経営の上で極めて大切である。
 世間はいいかげんで信用できないものだと考えれば、経営はそれに即したものになっていくし、世間は正しいと考えれば、世間の求めに応じた経営をしていこうということになる。
 その点、私は世間は基本的には神のごとく正しいものだと考えている。そして一貫してそういう考えに立って経営を行ってきた。
 もちろん、個々の人をとってみれば、いろいろな人がいて、その考えなり判断なりがすべて正しいとはいえない。また、いわゆる時の勢いで、一時的に世論が誤った方向へ流れるということもある。しかし、そのように個々には、あるいは一時的には過ったことがあっても、全体として、長い目で見れば、世間、大衆というものは神のごとく正しい判断を下すものだと私は考えている。
(出典:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

2つの会社組織論の図

1.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 まず、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 今日も、市場の在り方に関する発言です。中には、「お客様は神様です」と言う、小売事業での接客方針の問題と捉えた人がいるかもしれませんが、個々の人には正しくない人もいる、と話していることから見ると、このようなビジネスの現場の話と見るべきではないように思われます。
 むしろ、「世間」が問題になっているのですから、やはり会社と消費者の関係の問題と見るべきです。
 しかも、個々の人を見るのではなく、全体としての世間の方向性や流れが問題になっていますので、直接個々人と接触する状況よりは、市場を通して消費者と関わる場面と考えた方がしっくりきます。
 けれども、松下幸之助氏は、例え市場(世間)を「神」と言いつつも、安易な市場万能主義者ではありません。これは、①個々人には正しくない人もいる、という上記の点のほか、②時の勢いに流されることがある、という点で限界のあることを認めているからです。
 さらに、③市場に対して常に受け身でいることを強要しているわけではありません。ここでは触れられていませんが、会社には、自分の信念から市場に働きかけ、市場をリードすべき役割があることも認めていますので、「神」に支配されるばかりではないのです。
 とはいうものの、基本は市場から学ぶことが重要です。市場をねじ伏せて従わせる、ということではなく、まずは謙虚に市場から学ぶという姿勢が重要であり、顧客から謙虚に学ぶ姿勢を大事にする松下幸之助氏の発想の根元には、ここで論じられているように市場を「神」と見る視点があるのです。

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 次に、社長が率いる会社の内部の問題を考えましょう。
 現在の企業経営では、市場や社会に対して謙虚でありつつ、ときに市場や社会に対して積極的に働きかけることもある、ということが常識として受け止められているようです。この意味で、松下幸之助氏の発言が何か特別なことを言っているのではなく、極めて常識的と評価できます。
 ところが、組織として会社をまとめてリードする場合には、会社従業員の全員が、この常識を正しく理解し、実践するように導くことは、必ずしも容易なことではありません。従業員それぞれの置かれた立場や個性によって、市場に耳を傾ける、ということの意味が歪められたリ無視されたりする場合があるからです。やはり、そうはいっても利益を上げなければならない、という会社のミッションから考えれば、市場や世間の言う正論にばかり付き合ってられない、という場面が出てきてしまうのです。
 そのような誘惑や構造的な歪みも十分理解したうえで、それを常に是正し、健全な常識的な判断と活動ができるように会社組織全体と全従業員の意識をリードすることが、経営者には求められます。

3.おわりに
 ここでは、経済の枠の中での話に終始しました。
 しかし、市場や世間のニーズに応えることで社会が豊かになってきましたが、そのこと自体がいつまでも人類全体の幸福につながるのか、というより深刻な問題が、最近は様々な場面で顕著に表れてきました。
 ここから先の問題を考えるのが、我々の世代の問題と思われます。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出典を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。

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