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経営の技法 #26

3-7 リスク統括部門
 会社を人間の体に例えると、体中の皮膚に張り巡らされている神経のように、現場の全従業員が果たすべき機能と、脊髄や脳のように、経営に近い立場で全社的な観点からリスクを見極め、対応を決める機能の、両方が必要である。

2つの会社組織論の図

<解説>
1.概要
 ここでは、以下のような解説がされています。
 第1に、会社(特に下の正三角形)を人体に例えた場合、体全体に張り巡らされた神経に相当するリスクセンサー機能のほかに、中枢神経に相当するリスク統括部門を設けることは、矛盾でも重複でもないことを説明しています。
 第2に、リスク統括部門は、会社全体の雰囲気づくりの役割がある、と説明しています。
 第3に、リスク統括部門は、現場だけでは解決できない問題に対応する役割がある、と説明しています。
 第4に、リスク統括部門は、全社的な観点からリスク対応へのリソース配分を行う役割がある、と説明しています。
 第5に、リスク統括部門は、会社全体が危険な方向に向かっているときに、警告を与える役割がある、と説明しています。
 第6に、リスク統括部門は、リスク対策に取り組むよう、経営に決断させる役割がある、と説明しています。
 第7に、以上の役割をリスク統括部門だけで果たすことは不可能だが、会社の参謀的な役割が期待されている、と説明しています。

2.アメリカとヨーロッパの違い
 私は、アメリカ、ヨーロッパ、日本の、各金融機関の社内弁護士を経験し、内部統制の違い(社風や文化の違いも含む)を肌で感じてきました。
 色々な違いがありますが、リスク統括部門の位置付けや活用方法の違いが、特にアメリカとヨーロッパで違うように感じました。
 アメリカでは、とにもかくにもジェネラルカウンセルに権限を集中する傾向があります。リスク管理部門(統括というよりは管理)も、ジェネラルカウンセルの下に置かれることが多いようです。これは、法的なリスク(法務・コンプライアンス)と同様、リスクに関わるものであり、経営に対して適切なリスク対応をアドバイスする、という意味で共通するからでしょう。そうすると、リスク管理部門は、アドバイザーであるジェネラルカウンセルに与えられる情報の一部、と位置付けられ、経営判断のプロセス、というよりは経営判断のチェック、という色合いの方が濃くなります。
 ところがヨーロッパでは、ジェネラルカウンセルは、そのような肩書すらないか、あったとしてもアメリカほど強大な権限を有するのではないことが多いようです。リスク統括部門も、むしろ財務部門に近い立場(場合によっては財務担当役員の配下に置かれる)にあります。そうすると、アドバイザーの一部、というよりは、ビジネスを実際に判断・執行する側の機能を果たします。
 リスク、というとチェック、というイメージの強い日本人には、リスクが経営側の過程であり、ツールであるという発想は、少し理解しにくいようです。
 けれども、ビジネスはリスクを取ること(チャレンジすること)であり、リスク対応も経営判断も本来一体である、という発想を根底に置けば、リスク対応もビジネス側が自分自身で行い、コントロールすべき問題です。アメリカ型のように、切り離してしまうことは、一見効率的なようですが、ビジネスの本質から少しずれるように思われます。
 だからと言って、この設問で検討しているように、リスク対策を全て現場任せにするわけにもいきません。ヨーロッパ型の会社は、リスク統括部門を、経営の意思決定の中で経営自身がリスクコントロールするように導く役割を果たしています。
 アメリカ型のジェネラルカウンセル万能主義では気付かない、リスク統括部門の役割を理解し、使いこなしましょう。

3.おわりに
 アメリカ型のビジネスモデルは、構造がシンプルでわかりやすく、短期的に成果を上げるうえで非常に効率的です。
 けれども、様々なステークホルダーに配慮しながら中長期的に経営を行う傾向の強い日本の経営には、ヨーロッパ型の経営モデルの方が近いように思われます。このことは、ガバナンス(上の逆三角形)の観点だけだとなかなか見えてこない問題意識ですが、内部統制(下の正三角形)の観点からビジネスの在り方を考えると、じんわりと見えてくることです。
 もちろん、いずれもステレオタイプなビジネスモデルが実際に存在するわけではなく、経営(=内部統制)は制度設計が自由ですので、どの会社も自分の会社に合ったモデルを常に模索しているのですから、アメリカ型とヨーロッパ型の理念形の違いは、現実には大きくありません。
 けれども、両者の違いを際立たせて明確にし、それぞれの特徴を理解することは、ツールを適切に選択するための情報を提供してくれます。

※ 『経営の技法』に関し、書籍に書かれていないことを中心に、お話していきます。
経営の技法:久保利英明・野村修也・芦原一郎/中央経済社/2019年1月



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