見出し画像

松下幸之助と『経営の技法』#235

10/7 すべてがお得意先

~仕入先はお得意先であり、何らかのかたちですべてがお得意先である。~

 よく”利は元にあり”といわれるが、商売における仕入とは、本当に大事なものだと思う。
 私はかねがね、社員の人たちに”仕入先はお得意先だ”ということを言ってきている。これは、1つには会社が家庭用の家電製品を多くつくっているということもあって、仕入先の人に限らず、道行く人はすべてがお得意先、という気持ちでいることがある。しかし、そのように直接的に自分の会社の商品を買っていただくということでなくても、今日のようにこれだけ人と人、会社と会社との結びつきが複雑多岐になってくれば、大きな目で見た場合、どんな人でも、どの会社にとっても、何らかのかたちでお得意先である、ということが言えるように思う。
 だから、直接的には仕入先だと思っていても、別の面から見れば、あにはからんやお得意先だというわけである。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

画像1

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 「利は元にあり」は、仕入れが大切、という意味です。問題になるのはそこから先です。
 この意味について、一方で、①買い叩いて安く仕入れれば良い、という人がいますが、他方で、②適正価格で仕入れる方が良い、という人もいます。そして、松下幸之助氏は、②の意味でこれを理解します。
 その理由として、氏は、仕入先が会社の客になるかもしれない、すなわち仕入先は潜在的な顧客だから、あるいは仕入先は広い意味で顧客と同様だから(「何らかのかたちでお得意先である」)、という言い方をしています。
 問題は、後者の、顧客と同様、ということの意味です。引用されている「利は元にあり」という言葉の意味から考えていきましょう。
 「利は元にあり」の意味について、一般的に言われることは、近江商人の「三方良し」です。さらに、この近江商人が活躍した大阪の船場(せんば)では、「売りは番頭に任せてもいいが、仕入れは旦那がする。」と言われていたようです。つまり、目先の利益を上げるのではなく、仕入先との良好な関係を構築して維持していくことが、持続的に儲けていくためには重要、という発想です。
 これを内部統制の観点から見てみると、「番頭」と「旦那」の役割や意識の違いが明らかになります。
 もっとも、番頭は、旦那に仕えているのであって、旦那から与えられた権限を、旦那から与えられたミッションの遂行のために行使します。番頭というからには、店の日常的な経営全般について、相当広い権限が与えられているはずです。ですから、仕入だけ「番頭」ではなく「旦那」、という部分は、番頭に与えられた権限から見ると、例外的な位置づけになります。
 けれども、店を任された立場として、店の利益を上げることが何よりも優先しますから、番頭はどうしても各決算ごとの利益に眼が行きがちです。短期的な収益のほうに眼が行き、中長期的な経営戦略や配慮の優先順位が下がってしまいやすいのです。
 そうすると、どうしても仕入先を叩いて、仕入価格を下げることをしかねません。コスト削減が手っ取り早い増益の手段であり、他方、仕入先もお金を払ってくれる卸先の要求を断りにくい、という交渉力の格差が存在するからです。
 もちろん、仕入先の要望を全て聞き入れていくと、仕入先との緊張関係がなくなってしまい、納期や品質などの取引内容にも影響が出かねません。かといって、叩き過ぎて仕入先に逃げられてしまうことになれば、安定した商売ができなくなってしまいます。一般に、購入する側の方が交渉力の関係で優位にあり、仕入先もギリギリまで我慢して付き合うでしょうが、だからこそ、仕入先が逃げ出してしまうことも、突然の出来事になるのです。
 このことから、船場の商人の教えは、内部統制上のルールの例外を設け、仕入に関する権限だけは、番頭に与えないことにするのです。つまり、番頭は、旦那が決めた条件で仕入れることを前提に、利益を出せ、というミッションが与えられたことになるのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 上記のうち、番頭だと短期的な利益追求を、経営基盤などの中長期的なものよりも重視しがちである、という点については、ガバナンス上、同様の問題があります。
 それは、特にアメリカの会社で見かけられる現象ですが、経営者が短期的な収益を重視するあまり、会社の基礎体力を損ねてしまう施策を優先させ、会社の成長を妨げてしまう、という現象です。
 これは、「番頭」ではなく「旦那」に該当する経営者自らが、目先の収益に走ってしまう点で異なりますが、番頭の上に旦那を置いて見るのと同じように、経営者の上に株主を置いて見ると、目先の収益に走ってしまう背景事情が理解できます。
 すなわち、特にアメリカでは、4半期決算が重視され、4半期ごとに成果を出すことが求められること、経営に対して参加する意欲も責任感もなく、都合が悪くなれば株式を売却して逃げるだけの投資家による配当要求が強いこと、配当が少ないと株価が下がり、会社がM&Aの対象にされたり(したがって、いずれは経営者が首になる)、株主総会で経営者が解任されたりするリスクが高くなること、株価低下の責任を投資家から追及されるリスクが高くなること、などから、経営者を目先の収益に走らせてしまう環境があるのです。
 日本の株式市場でも、株主への配当を増やす必要性が議論されていますが、アメリカで実際に起こっているこのようなデメリットも考慮し、経営戦略と配当戦略が合理的に行われるような配慮が必要です。

3.おわりに
 仕入先との接し方は、船場の商人の教えの背景を見れば、厳し過ぎず、甘過ぎず、というバランス感覚が必要です。
 ここでの松下幸之助氏の言葉によれば、仕入先をお得意先と同じように大切にしよう、ということが強調されており、厳し過ぎず、という面が重視されています。
 本当は、甘過ぎず、という面も伝えなければ、バランスが取れないことになるのですが、ここでは、まずは取引先も大事にしよう、という心がまえの入り口のような話に終わっています。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。

画像2


この記事が参加している募集

コンテンツ会議

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?