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松下幸之助と『経営の技法』#272

11/13 嫉妬心は狐色に妬く

~嫉妬心も生かすことができる。ほどよい嫉妬は人間生活を和らげてくれる。~

 嫉妬心というものがあります。これは1つの法則であります。人間にはこういう嫉妬心があるということを、お釈迦様も言っておられるのですが、しかしこれはお釈迦様がつくったのではありません。宇宙根源の力によって人間に与えられた1つの法則であります。お釈迦様はそれに気がつかれたのであって、それはちょうど、ニュートンが万有引力を発見したのと同じであります。
 そこでこの法則をどう取り扱うか、ということが問題になるのであります。この嫉妬心は宇宙の法則として与えられている限り、これを取り除くことはできません。あたかも、万有引力をなくすることができないのと同じであります。ところがこれが宇宙の法則であることに気づかないと、かえって人間を不幸に陥れるのであります。しかし、なくすることはできないといって、また濫用すると非常に醜い姿になります。無茶苦茶に嫉妬心を表してしまうと、これは法則を生かさないのと同じであります。そこで、嫉妬心は狐色にほどよく妬かなければならないのであります。すなわち、狐色に妬くと、かえって人間の情は高まり、人間生活は非常に和らいでくると思うのであります。

(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

2つの会社組織論の図

1.個人の問題
 いつもは、個人の問題を正面から取り上げませんが、今日の松下幸之助の言葉は普段と異なる面がありますので、個人の問題から検討します。
 ここでの松下幸之助氏の言葉は、第1段落全体と第2段落の後ろの方まで、ずっと、「嫉妬心」が人間の性であり、捨て去ることができない、しかも、これを変に増長させてもいけない、ということが話されています。すなわち、「嫉妬心」をコントロールする必要性が論じられています。「嫉妬心」が起こらないような精神的な修養や修行を求めるのではなく、そのようなことは最初から不可能と割り切り、「嫉妬心」との付き合い方、すなわち「嫉妬心」のコントロール方法を考えろ、という発想です。
 松下幸之助氏を、仙人のようにとらえ、禅の修行を積んだ高僧やキリスト教の聖者のように思っている人もいるようです。しかし、ここでの発言のように、自分自身も含めた人間の欲望に対し、それを現実のままに受け止めるところから思索が始まっています。松下幸之助氏は、基本的な部分に関しては、極めて現実主義者なのです。
 その後、第2段落の最後の部分で、やっと「嫉妬心」のコントロール方法が論じられています。綺麗ごとでなく、人間の欲望を正面から見据えたうえで、欲望のコントロールの仕方が論じられますので、とても期待が高まるところです。
 ところが、期待を胸に読み進めると、「狐色に妬く」という、何か非常に文学的・絵画的な表現が登場し、このことの具体的な内容は全く示されません。ヒントは、「無茶苦茶に嫉妬心を表す」のではなく、「狐色に妬く」ことによって、結果として、「かえって人間の情は高まり、人間生活は非常に和らいでくる」点です。
 松下幸之助氏の言葉は、何をすべきなのかを伝えるために、あるべき具体的な姿や、やるべき具体的な言動が示され、さらに多くの場合には分かりやすくするために、具体的なたとえ話まで盛り込まれますが、ここでは話法というか、話しの方向性というか、とにかくいつもと逆の話し方がされているのです。
 一種の謎かけのような話し方であり、考え方や結論を教える、というよりも、読者や聞き手に考えさせることが狙いのようです。
 そこで、私は、「無茶苦茶に嫉妬心を表す」=嫉妬心をそのまま(生のまま)相手に投げつけるのではなく、かといって黒焦げになるまで身を焦がすのでもなく、「狐色に」=ほどよく、「妬く」=煩悶とする、という段階を経たうえで、上手に相手に伝えることで、「人間の情が高まる」=相手に嫌われてしまうのではなく、好感を持ってもらえ、人間関係が「和らいでくる」、という解釈をします。
 具体的には、上手に仕事をしている同僚の真似をし、勉強してみるものの、実は真似できず、追いつけなかった、ということを、相手に上手に伝えるようなことでしょうか。つまり、「悔しいから、君の真似をしてみたけど上手くいかない。どうしたらいいんだ?教えてくれないか?」という類の言動ではないか、と考えたのです。
 すなわち、「嫉妬心」を、自分を高める行動のためのエネルギーとして燃やすので、自分のためにもなるし、これを聞かされた相手も不快になりません。「嫉妬心」を、このような熱処理をせずに、生のまま投げつけられたリ、生のまま抱え込んで発酵させ、腐らせたりするすれば、相手が不快に感じ、自分のためにもなりません。他方、いつまでも抱え込んで、適わぬ夢のために無駄な努力を続けて身を焦がしてみても、自分のためになりません。ほどよく「嫉妬心」を「妬いて」みたら、焦げないうちに見切りをつけましょう。それなりに頑張った後であれば、ギブアップしても諦めがつく、というものです。
 しかも、それを相手に見せれば、相手としては「自分のことを評価してくれた」と感じ、「嫉妬心」の良い面が相手に伝わります。他方、生のまま投げつけるような「逆恨み」や、黒焦げになるまで身を焦がすような「卑屈さ」は無くなります。このことが、「嫉妬心」を抱えつつ、相手に嫌われず、人間関係を良好にする1つのコツなのです。

2.内部統制(下の正三角形)の問題
 さて、ここからはいつもどおり、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 会社経営の観点から見ると、「嫉妬心」のコントロール方法は、個人の問題に終わらせるのでなく、会社組織の活動を円滑にするツールとして、活用できます。
 「嫉妬心」という観点から、従業員の管理手法を見てみると、とても興味深い景色が見えてきます。
 一方で、「嫉妬心」を極端に煽り、競争を煽るタイプの経営手法があります。職場は多少ギスギスしますが、成果で評価が決まるでしょうから、競争に勝った時の達成感は格別です。ギスギスした緊張感が肌に合う人もいますが、これについていけない人は自然に淘汰されていきます。非常にアグレッシブな社風ができあがることになります。
 他方で、「嫉妬心」を認めず、職場では皆が仲よく、和やかに働いてもらおう、というタイプの経営手法があります。一時期話題になった、運動会のと競争で皆が手をつないで走るようなもので、能力がある人もその能力を出し切ることなく、他人に「嫉妬心」が起きないような言動に注意しなければなりません。突出した能力は全く発揮されません。非常に穏やかな社風ができあがることになります。
 そして、多くの場合はこの両者の中間に、グラデーションとして存在する領域のどこかに落ち着きます。ブレンドの問題であり、前者が2で後者が8、とか前者が6で後者が4、という感じです。
 例えば、日本の古典的な終身雇用制は、一度入った会社には定年まで居ることが想定されますから、必然的に後者の要素が多くなります。同期従業員の一部だけがえこひいきされると、他の従業員の労働意欲が削がれてしまうからです。けれども、結局は誰かがリーダーとして引き上げられ、他の者はリーダーを支える存在になりますので、どこかで処遇の区別が生じます。それが、頑張れば俺も逆転できる、という程度の差だけつけた処遇であり、差をつけられた従業員の「嫉妬心」を自分自身の研鑽に向けるように、絶妙な差をつけるのです。
 他方、一部の外資系企業などには、前者の経営手法を徹底している企業もあります。従業員同士の競争で勝てない者は、会社に残っても無駄であり、かえって自分自身の身を滅ぼすだけです(嫉妬心をぶつける対象もありません)ので、人の入れ替わりが激しく、それによって常に競争状態が維持されます。競争状態の再生産が自動的に行われる装置なのです。とはいうものの、全ての業務が個人プレーで成り立つわけではなく、チームプレーが必要な場合も多くあります。そこでは、最初から「嫉妬心」が発生しないように、秘書や事務員などのサポート業務を担当者として、最初からプレーヤーとその補助者に分けられ、処遇の差も、逆に明確に示されます。もちろん、そのことで「嫉妬心」が生ずる人もいますが、その時は転職するなりして、自分で上を目指してください、と処遇されます。自分自身がプレーヤーでないことの諦めがついているか、「嫉妬心」をコントロールできるか、どちらかがサポート業務を担うことになります。さらに、プレーヤー同士が手を組むこともありますが、それは一種の契約です。役割分担や成果の分配などを予め約束してから作業に取り掛かりますので、事前に十分「吐き出して」あれば、「嫉妬心」も発生しないはずです。
 このように、内部統制のツールとして「嫉妬心」を見た場合、経営手法の違いとその背景が、意外とくっきりと見えてくるのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、会社が競合他社に負けないように頑張ってくれることは嬉しいことですが、だからと言って、例えばメーカーが自社開発に拘り過ぎて、優れた部品メーカーからの部品の購入を頑なに拒否する場合には、投資対効果に悪影響が出てこないか、心配になります。特に、市場のグローバル化によって、国内だけでなく国外の会社も競争相手になっている現在、開発はスピードも重要ですから、スピードをお金で買うような発想、例えば優秀な部品メーカーから優れた部品を買うことで開発スピードを上げ、競争力を高める戦略も、経営者には検討してもらいたい戦略のはずです。
 だからと言って、運動会のと競争で手をつないで走るように、同じ業界の会社全体を潰さないための「護送船団方式」では、健全な競争が発生せず、本来進むべき自然淘汰も阻害され、各企業の競争力も落ちていきます。
 市場にしろ、経営にしろ、企業の健全な「嫉妬心」を上手に活用しなければ、投資家は投資から回収できません。会社自身の「嫉妬心」を、上手にコントロールできる経営者を選ぶことが、投資家にとって重要な力量となるのです。

3.おわりに
 行動を外から観察するのではなく、自分自身の内面から外に向かっていく様子を観察した結果が、「狐色に妬く」という表現だと思います。いずれにしろ、自分自身を客観的に分析してしまうところが、松下幸之助氏の凄いところだなあ、と感じました。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。

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