松下幸之助と『経営の技法』#196

8/29 危険なのは社長

~労働組合が会社を潰すのではない。危険なのは、社長や忠実な番頭である。~

 私は、60年以上にわたる商売の経験を通じて、どういうところが栄え、どういうところが潰れたか、いやというほど見てきたが、この店は危ないな、と思うと、大体がその通りになった。
 例えば、従業員が300人なら300人の会社があるとする。それを何とか大きくしていきたいと社長や忠実な番頭さんが願っている。ところが皮肉なことに、そういう意志があっても、会社を発展させないようにしているのが、その社長であり、忠実な番頭さんである場合が多いのだ。労働組合が会社を潰すとよくいわれるが、労働組合が何をやっても、会社は滅多に潰れるものではない。組合でも、賃金を一挙に2倍にも3倍にもしてくれというわけではない。けれども、もし社長が、ちょっと見積もりを誤ったら、パーッと100億円ぐらいは簡単に損してしまうのが企業というものである。だから、会社にとって一番危険なのは、社長ということになる。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

1.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 いつもと順番が異なりますが、まず、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、経営者の判断によって会社の命運が決まることを、労働組合の影響力と対比する方法で、強調しています。
 具体的にどのような判断が会社経営に悪影響を与えるのかについては明らかにされておらず、あくまでも一般論なのですが、経営判断の重要性については、ここで松下幸之助氏が指摘するとおりでしょう。
 問題は、労働組合の活動の評価です。
 1つ目は、実際に経営に影響を与えるような要求などない、という言葉どおりの評価です。
 たしかに、組合の活動は処遇の改善などを求めるもので、人事担当者だけでは対応できず、経営者自身が判断しなければならない問題もあります。
 けれども、労働組合が会社を潰しにかかることは、自分たちの収入源を潰すことになるので、よほどのことがない限り考えられないことですし、松下幸之助氏の経験からも、そのような要求はなかった、ということが示されています。
 2つ目は、ステークホルダー論です。
 会社法の構造上は、株主が会社所有者であり、経営者にとっての委託者であり、したがってステークホルダーは株主です。
 けれども、会社は社会に受け入れられなければ事業を継続できず、持続的に利益をあげることができません。近時の数多くの品質偽装問題(食品、素材、製品など)では、経営の危機に瀕した会社も多くあり、世論が会社を非難するほどに会社の印象が悪くなれば、会社は事業継続できなくなるのです。
 今度は逆に、会社を外側から見てみましょう。
 経済学的に見れば、会社は経済市場の重要なプレーヤーであり、会社なしに経済は成り立ちません。さらに、雇用を創出し、従業員の生活を守るなど、社会生活上も重要な役割もあります。
 つまり、会社には公器としての役割があり、その点を重視すれば、会社のステークホルダーは株主だけでなく、従業員や社会、市場などにまで広がっていきます。このような会社の役割を考えれば、組合との交渉に誠実に対応しなければならない、ということになるはずです。
 このように見れば、「労働組合が何をやっても、会社は滅多に潰れるものではない。」「もし社長が、ちょっと見積もりを誤ったら、パーッと100億円ぐらいは簡単に損してしまう」という言葉には、社長の責任の重さと、労働組合の重要性が、含まれているのです。

2.内部統制(下の正三角形)の問題
 次に、社長が率いる会社の内部の問題を考えましょう。
 経営者が会社をどのようにコントロールするのか、という問題として見た場合、松下幸之助氏の言葉がイメージしている「社長」は、パーッと100億円ぐらい簡単に損させる社長であり、組合との交渉に誠実に対応しない社長でしょう。
 そうすると、社長やその忠実な番頭が、組合の意見や要求をまともに取り合おうとしないタイプであり、自分たちの思い込みで判断を誤ってしまう面がありそうです。
 このような視点は、松下幸之助氏の一貫した経営モデルに合致します。
 すなわち、ワンマン会社やベンチャー企業に見られるような、経営者の指示命令を忠実に遂行することだけが従業員に求められるのではなく、むしろ、松下幸之助氏は従業員の自主性や多様性を重視し、どんどん権限移譲します。従業員に任せ、その多様な意見を組むことの重要性は、氏がくり返し強調することです。
 このような松下幸之助氏の経営スタイルから見た場合、組合の意見や要求をまともに取り合おうとしないタイプの経営者は、限られた情報や思い込みだけで判断するタイプであり、非常に危なっかしく映るのでしょう。松下幸之助氏は、普段からどんどん権限移譲して、日頃から現場の声を重視していますが、そうでない会社では、普段の経営では拾いきれない従業員の意見をやっとの思いで経営者に伝えようとします。それに対してすら聞く耳をもたないのですから、会社経営者が現場の声から遠くなってしまい、経営判断を誤る可能性が高くなる、そのようなところから、「この店は危ないな」と感じるのでしょう。

3.おわりに
 もちろん、松下幸之助氏の言葉をもっと素直に読めば、経営判断の失敗について、経営者は、組合のせいにするのではなく、自分のせいだと自覚するように、経営者をたしなめています。経営者の責任の重大性と、その自覚を促すのが、松下幸之助氏の発言の中心なのですが、ここでは、氏がわざわざ組合を引き合いに出している点を手掛かりに、その背景を少し深掘りしてみました。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。


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