労働判例を読む#238

【メトロコマース事件】最三小判R2.10.13労判1229.90

 この事案❺は、有期契約社員Xが、本給、資格手当、住宅手当、賞与、退職金、褒賞、早出残業手当について、正社員と不合理な差があるとしてその違法性を争った事案です。
 最終的に最高裁が判断を示したのは退職金の差だけですが、合理性を認めました。
 ここでは、前回(#237)の大阪医科薬科大学(旧大阪医科大学)事件❹(以下、「大阪医薬大事件」と言います)との違いを比較しながら検討します。❺当事案と❹大阪医薬大事件は、検討対象が違います(賞与と退職金)が、いずれも人事制度の骨格に関する評価を行っており、判断構造が共通するからです。
 なお、旧労契法20条に関する用語の略称(「職務の内容」「変更の範囲」「職務の内容等」「制度の性質・目的」「合理性」「均等」「均衡」)は❶佐賀事件#234と同じですので、そちらもご確認ください。

1.①制度の性質・目的
 裁判所は、❹大阪医薬大事件と同様、正社員確保・維持、という制度目的を正面から認めています。抽象的な「有為な人材確保」ではなく、具体的な内容を伴っている「正社員確保・維持」が認められた、と評価できる点で、大阪医薬大事件と同様です。両者が指摘した事情を比較しましょう。
❹ 大阪医薬大事件
a) 賞与の金額には支給基準(基本給4.6ヶ月分/年)があり、実際そのように運用されている。
  → 業績に連動しない。
  → 労務の対価の後払い、一律の功労報償、将来の労働意欲の向上等の趣旨を含む。
b) ベースとなる基本給は、勤務年数に応じて昇給する。
  → 職能給の性格を有する(勤続年数に伴う職務遂行能力の向上に応じている)。
c) 正職員の業務内容の難度・責任の程度は高い。
d) 正職員の人事異動は、人材育成や活用を目的に行われている。
❺ 当判決(❹に対応するように順番を入れ替えています)
a’) 労務の対価の後払い、継続的勤務への功労報償の趣旨を含む。
b’) ベースとなる本給は、年齢による部分と職務遂行能力による部分がある。
c’) 正社員は本社・事業本部に配属され、配転可能性がある。
 指摘された項目数を見れば、大阪医薬大事件に比較すると少し具体的な裏付けが弱いようにも見えます。
 しかし、a)a’)に関して言えば、❺は退職金であり、「将来の労働意欲の向上」が理由にならないのは当然ですから、「将来の労働意欲の向上」の有無が両者の違いを意味するものとは言えません。また、d)に関して言えば、❺では配属先が限定されており(c’)、c’=c+dと言えます。このように見れば、制度の性質・目的に関する❹❺の違いは、事案の違いによるもので、大きな違いはないと評価することができます。
 このように、会社の人事政策などの目的から、有期契約社員と無期契約社員(正社員)の給与体系の違いが生じ、その中で正社員の確保・引留めという目的も、合理性があると評価されたのです。

2.②事実
 次に、❺も❹と同様、旧労契法20条の3つの判断要素にそって事実を整理しながら、合理性を検討しています。
 このうち2つ目の「変更の範囲」については、❹と同様、正社員には配置転換の可能性があるが、有期契約社員にはこれがない点を指摘しています。❹と異なるのは、有期契約社員の配転は、その可能性すらない、という意味で違いがより鮮明であること、(これと関連するようですが)正社員の配転の実績などが特に指摘されていないため、判決文の中でこれが考慮されている様子が確認できないこと、です。
 この「変更の範囲」は、❺の方が❹よりも違いが明確であり、有期契約社員と無期契約社員の違いは相対化されていないので、ここでは特に問題にしません。
 また、3つ目の「その他の事情」については、❹と同様、2つの事実を指摘しており、そのうちのアルバイトから契約職員・正職員になる道があること、はその仕組みが違うものの、両者の違いを合理化する事情として同様に評価されているのです。
 他方、❹では、軽易な業務をアルバイトに集約していた過程であり、それが相当進んでいること、が指摘されているのに対し、❺では、Yのグループ再編や組織見直しによってXと同様の業務を行う正社員が発生し、解消が容易でないことが指摘されています。有期契約社員と無期契約社員の条件の違いに関し、会社側の責任がどのようなものか、という視点から見れば共通する事実です。❹では、解消の努力をしている、❺では、解消しようにも解消できない、ということになりますが、いずれも、会社側の責任が小さい、という評価につながる事実と言えるでしょう。
 このように、2つ目の「変更の範囲」と3つ目の「その他の事情」は、若干の違いはあるものの、評価する視点は同じと評価されます。
 他方、注目されるのは、1つ目の「職務の内容」です。この点は、❹と❺の評価方法が相当異なると評価できます。
 というのも❹では、Xと正職員の業務内容に共通する部分がある、としつつ、正職員の業務内容に一定の相違があった、と認定しました。
 これに対して❺では、有期契約社員と無期契約社員の業務の内容は「おおむね共通する」と評価し、それでも「両者の職務の内容に一定の相違があったことは否定できない」という控えめな表現になっています。すなわち、両者の違いは❹よりも小さい、と認定されているのです。
 このように見ると、❺は❹よりも、有期契約社員と無期契約社員の違いの合理性を説明する要素が少ない、と評価できるでしょう。

3.③合理性(あてはめ)
 ここで裁判所は、会社にとって不利な事情も指摘しています。
 すなわち、①に関連する事情として、有期契約社員も長期雇用が前提にされ、運用上もXらが勤続期間10年前後であること、を指摘しています。
 このように会社にとって不利な事情が指摘されつつも、最終的にYの主張が認められている点も、❹と共通するポイントです。すなわち、合理性の判断が「yes or no」「all or nothing」のような質的な判断ではなく、どの程度であれば合理的か、という量的な判断であることが分かります。しかも、そこでは有利な事情・不利な事情も含め、総合的に判断されています。つまり、実務上、これだけやれば大丈夫、というチェックリストのような判断ができない問題であることに注意する必要があります。

4.実務上のポイント
 この事案は、❹に比較すると、Yの主張の合理性が比較的弱い事案です。
 実際、この判決には1人の裁判官の反対意見が付されています(全部で5人)。これは、①「正社員確保・維持」に関し、実際にXと同様の仕事をしている正社員は57歳を過ぎて採用される(関連会社からの転籍)のに対し、Xらの採用年齢は平均47歳であるという事実(そうすると、功労報償という退職金の趣旨・目的はXらにも当てはまるのではないか)や、②「合理性」に関し、実際の業務内容を見ると、「職務の内容」「変更の範囲」に、実質的な差はないのではないか、という疑問を提示するものです。そして、この反対意見は、これらの指摘を前提に、原審の結論(正社員の退職金の1/4は支払うべき)を合理的と評価しています。
 このように、全員一致の❹に比較すると、Yの主張の弱さは明らかでしょう。
 けれども、❹が賞与を問題にしているのに対し、❺が退職金を問題にしている点も、重要なポイントです。
 実際、この判決には1人の裁判官の補足意見が付されています(1人の裁判官が賛成)。これは、退職金は長期的に積み立てて対応すべきもので、簡単にその内容を変えられない、などの点を指摘し、会社の裁量をより尊重すべきである、としているものです。
 賞与と退職金は、いずれも会社の人事政策そのものに関わる、人事制度の骨格・枠組みに関わるもので、付属的な諸手当や諸条件に比較した場合、会社の裁量が広く認められる余地が、❹❺で認められました。しかし、その中でも賞与と退職金では、さらに制度設計上考慮すべき事情に違いがある可能性も示されました。
 これは、一面で会社の裁量が認められる可能性が高まったと言えるかもしれませんが、他面でその合理性を会社が説明できなければ違法性が認められる可能性もより明確になった、と言えるでしょう。賞与や退職金を「正社員確保・維持」という理屈で簡単に説明するのではなく、実際の運用に即した具体的な検証をするべきです。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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