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松下幸之助と『経営の技法』#73

4/28の金言
 対価以上のものは受け取らない、そうきっぱりと言い切ることができるか。

4/28の概要
 松下幸之助氏は、以下のように話しています。
 まだ自動車はなく、大阪駅の前には、ずらりと人力車が並んでいたころのことであった。
 一人のお客さんが船場まで行くのに、24,25歳の若い車夫の人力車に乗った。降りるときに、15銭の代金のところを20銭渡して、「祝儀のつもりや」と言って5銭のおつりを受け取らない。押し問答のすえ、車夫は粛然とした姿となって、「いや、要りません。このおつりは持って帰ってください。」ときっぱりと言い切った。その態度におされてか、そのお客さんはおつりを受け取った。
 そして後日、その車夫は大変成功したということであった。私はこの話を耳にした時、痛く心を打たれたのである。その車夫は偉いと思った。

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 価値観の問題として見た場合、当たり前だった欧米でのチップの習慣が廃れ始めている一方で、例えば東南アジアなどでは、未だに賄賂からファシリテーションペイメント(日本で言う「お心づけ」「ご祝儀」に相当すると思われる支払い)まで、普通に行われています。賄賂に関する国際的な規制が厳しくなっていく中、会社としてどのような方針を選択するのか、という問題と、それを踏まえてどのように実際にその方針を徹底するのか、という問題は、海外で事業を展開する日本企業にとって重大な問題です(私も共著した『国際法務の技法』を参照してください)。
 ここでは、規律の問題として、この松下幸之助氏の言葉を分析しましょう。
 すなわち、会社も社会から認められるためには、しっかりとした規律正しい会社、と認めてもらうことが有効なツールとなりますが、そのように規律正しい会社とするためのポイントに絞って、考えてみましょう。
 1つ目のポイントは、対立する利害の把握です。
 すなわち、規律正しくしようとする場合、これによって阻害されたり、これを邪魔したりするものは何か、を把握しておこう、ということです。
 例えば、組織の柔軟性が阻害される可能性があるでしょう。会社の雰囲気も、伸びやかさが失われる可能性があります。守るべきルールやプロセスが増え、会社の意思決定が遅くなり、ビジネスの機会を逃す危険が増える可能性が有ります。また、風評に怯え、チャレンジしにくくなるかもしれません。
 そして、これらの弊害を考えてみると、大括りにすれば、「柔軟性」という言葉で代表させることができそうです。さらに、「柔軟性」というキーワードから、逆に具体化して、他にも想定される弊害がないかを探すことができるかもしれません。
 2つ目のポイントは、規律と柔軟性を調和させるモデルの構築です。
 これには、例えば、「厳しいだけで融通の利かない、いつもしかめっ面で楽しみもない、真面目なだけの頑固オヤジではなく、きりっとして礼儀正しいが、ユーモアもあり、いつも楽しそうに物事に真剣に取り組んでいる、紳士のような人」という、目標とするイメージを作り上げ、そこから様々な施策やルール、組織、プロセスなどを作り込んでいく方法があります(トップダウン)。
 逆に、実際に会社の規律が問われる場面を洗出し、それぞれの場面でのあるべきルール、組織、プロセスなどを検討していく中で、会社全体の方針を定めていく方法もあります(ボトムアップ)。
 実際は、この両者を上手に組み合わせ、モデルを磨き上げていくことになります。
 3つ目のポイントは、このモデルを永続させる仕組みです。
 これは、仕組みを作っても、仕事が増えて面倒くさいと思われるだけだと、次第に誰も守らなくなる(例外ルールが幅を利かせてしまう)ので、それを避けよう、ということです。
 これにも、例えば規律を主管する部門(コンプライアンス部など)を設置し、そこに責任もって主管させる、という方法があります。部門を作ると、自分の仕事として頑張るから、という日本の会社が昔から好んで使ってきた手法です。
 けれどもこの手法は、部門ばかり増えてしまうことや、複数部門に多岐に亘って関わる業務の場合には、他部門の業務との調整の問題が生じてしまって、かえって混乱を生じさせたり、逆に業務の空白部分を作ったりします。
 そこで、組織ではなくプロセスで永続性を確保する方法が考えられます。
 具体的には、PDCAサイクルをプロセスとして定め、各部門にそのサイクルの実践を義務付けることで、自律的に各部門で磨きをかけさせよう、と設計するのです。
 この場合も、しかし誰がPDCA全体を管理するのか、という問題が生じ、組織的対応が全く不要ではないことに注意が必要です。
 いずれにしろ、組織的かプロセス的か、あるいはその両方か、はともかく、一度作ったモデルを維持することも考えなければなりません。
 4つ目は、ここまで検討したモデルや維持装置を、従業員に浸透させることが重要です。
 しかも、義務(鞭)だけでコントロールすると、どうしても感度が下がってしまいますので、自発的・意欲的に取り組んでもらうため、モチベーションを高めること(飴)も、一緒に考えるべきです。全従業員の感度が低いと、リスクセンサー機能も低下し、人間の体の免疫力が低下するように、会社の感度が下がり、会社が社会から遠ざかってしまう危険が高まってしまうからです。
 そのためには、経営トップの意欲や、社風、人事制度まで、幅広い検討が必要となります。4月27日の金言なども、参考にしてください。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、単に口先だけで「規律」の重要性を唱えるだけでなく、それを現場に落とし込む意欲と能力を有することが、経営者の資質として必要であることが理解できます。もし、少しだらしない所のある経営者であれば、経営者自身も含め、規律を高めるように、株主総会や、株主の代理人であるはずの社外取締役などを通して、監督していくことも、重要になります。
 そして何よりも、株主自身が、規律のない経営者を選んだり、監督を怠ったりしないよう、自己規律していく必要があるのです。

3.おわりに
 規律の重要性について、その中身の議論よりも、実現させるべき方法や環境の話を中心に検討しました。もちろん、規律の取れた会社であることの重要性自体について、社会の変化とともにあるべき姿が変わっていくでしょうから、常に意識し、議論し続けるべき課題です。結局は、柔軟性とのバランスのとり方の問題であり、二者択一の問題ではないように思います。
 どう思いますか?

※ 「法と経営学」の観点から、松下幸之助を読み解いてみます。
 テキストは、「運命を生かす」(PHP研究所)。日めくりカレンダーのように、一日一言紹介されています。その一言ずつを、該当する日付ごとに、読み解いていきます。


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