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松下幸之助と『経営の技法』#197

8/30 1人が適所に立てば

~1人の人が適所に立てば、会社が繁栄する。適材を、年功序列によって葬ってはいけない。~

 仏教の言葉に「一人出家すれば九族天に生ず」というのがあります。つまり、1人の人が出家すると、親兄弟はいうにおよばず、その一門は天の昇るというか、皆極楽往生ができるということでしょう。それとこれとは違うかもしれませんが、しかし1人の人が適所に立てば、そのグループ全体が繁栄することは、間違いのない事実です。
 日本では年功序列的に人事を行うことが多いようです。これはこれとして捨てがたい情味がありますから、全面的に排除する必要はありませんが、そのよさを生かしていく半面、それにとらわれて適材を葬ってしまうことがあってはならないと思います。以前、ある会社が行きづまった時に、私どもに経営を頼みに来られたことがありました。少し義理合いもありましたので、お引き受けすることにして、まだ40歳にならない若い人に、その会社の経営を担当してもらいました。ところが、それを転機にして、その会社は見違えるようによくなり、長年欠損を続け無配であったものが、製品はよくなるし、利益もあがるし、2回増資しても配当を増やすような状態になったのです。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 8/23の#190と同じ事柄についての話でしょうか。そこでも、40歳前後の若いリーダーによって業績が良くなったことを取り上げています。そこでは、信念と熱意が重要、という松下幸之助氏の言葉自体のほか、年功序列制度に必ずしも固執しない、という松下幸之助氏の意向を分析してみました。
 ここでは、適材適所、人事の妙、として話していますので、人材活用の在り方について検討します。
 たしかに、経営再建というミッションには経営のセンスが必要ですから、50歳代後半など、会社の中でも経験豊富な従業員の方が、能力経験的には適しています。
 しかし、ここでは経営再建の依頼を受けて、40歳前後の人材を送り込んだ、というものです。これは、会社の中で最初から存在するポジションではなく、会社の外に突如として現れたポストであり、年功序列の枠外にあることから、もともと抜擢人事がしやすいポジションでしょう。
 しかも、経営再建に失敗すれば、経営再建を引き受けた松下幸之助氏のメンツをつぶし、その会社の従業員や取引先に大きな迷惑をかけるため、責任が重い仕事です。そのわりに、失敗するリスクが高いポジションです。そこでは、そのようなリスクを取ってチャレンジできるような勇気や行動力を備えている必要があり、したがって、逆にある程度若くないとだめでしょう。
 さらに、このような経営再建に送り込まれることは、経営者としての経験を積むことができるまたとない機会です。特に、年功序列を採用できるほど大きな会社になると、役員として経営に関われることろには、相当な年次が必要となり、実際に経営のメンバーになるころには50歳台になっている場合もあるでしょう。それでは、経営感覚を付けようにも今さら身につかないことも多くなります。つまり、会社としても、経営から指示されるばかりの立場から、経営判断する立場に変わるのに、経験の機会も、意識改革する機会も非常に限られたなかで、経営者を育てていかなければなりません。ところが、ここで見事に経営再建を果たした人物のように、40歳前後で、経営を任されれば、早い段階で経営の経験を積ませることができるのです。
 実際、グループ会社を幾つか有する会社の中には、できの悪い従業員を関連会社に送り込むばかりでなく、将来有望な従業員に経営者としての勉強をしてもらうために、会社経営者として送り込む場合もあるのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、経営者を選ぶ際に参考にすべき経営者としての素養として、松下幸之助氏から学べることは、一方で年功序列制度を尊重しつつ、他方で若手の人材育成に取り組むために抜擢し、機会を与えるという、バランス感覚でしょう。改革や変革は、言うは易く行うは難しで、極端に走り過ぎてもうまくいかないものです。従来の仕組みや秩序を維持しつつ、その欠点を是正していく中で、好ましい姿を模索していくことも重要です。
 さらに言えば、このようなバランス感覚を働かせ、従来の仕組みや秩序を維持しつつ、その欠点を是正していく方法だけでなく、時には大胆な、つまり極端に走るべき場合もあるかもしれません。そうなると、繊細にバランス感覚を生かすべき場合と、大胆にしがらみを切り捨てて改革すべき場合のいずれかを、見極めて使いこなす能力も必要になってきます。
 このように、リーダーには繊細さと大胆さが必要なのです。

3.おわりに
 松下幸之助氏に助けを求めてきた会社としては、JAL再建の際の稲盛氏のように、松下幸之助氏自身が乗り込んできてくれるのを期待したかもしれません。
 もしそうであれば、実際に送り込まれた40歳前後の従業員は、期待に反する若造であり、依頼した会社から見ると「招かれざる」立場だったかもしれません。それが、見事に経営再建を果たし、優良な会社に変えたのですから、そこには、部外者として「招かれざる」立場だったところから、経営再建の立役者として結果を出すまでのドラマがあったはずです。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。


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