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「記憶にございません!」から見える、ショーとしての政治

この半年間で、日本でも新種のウイルスがかなり大きなスケールで流行してしまい、各都道府県の自治体やそのトップに立つ方々は勿論のこと、国会やそのトップに立つ総理大臣さえも、このパンデミックに戸惑いながら必死に対策を講じています。連日流されるニュースやワイドショーでもこの出口の見えない戦いは常に一面記事扱いを受け、自分たち国民も一つ一つの情報に注目せざるを得ない状況が続いています。

その戦いの中で、先月の21日に安倍総理が5か月ぶりの、「公務をまったく行わない完全な休養日」を過ごしたことを発表しました。日数で換算すると何と148日ぶりの全休だそうです。
いつも3連勤でヒーヒー言ってる自分は勿論、巷で話題の「ブラック企業」でさえもこの労働環境には敵わないと思います。自分の国の行き先を自らの判断で決めていくという気の遠くなるような仕事を148日間連続でやらなければならない…  政治的な意見の食い違いなどで各々の総理大臣に対する感情は様々に分かれると思いますが、この仕事がとても過酷で「難易度:おに」だという事は、どんな人でも共通して理解できると思います。というか理解してほしいです。

そんなハードな総理大臣の仕事を、無謀にも記憶喪失になった人間にやってもらおうという異次元のミッションインポッシブルを描いたのが、今回紹介する映画「記憶にございません!」です。
自分の人生に関する全てのメモリーを失った初期状態おじさんこと黒田が、ズブの素人も同然のステータスのまま首相としての仕事に立ち向かっていくというストーリーが展開される本作、果たして黒田はどんな運命を辿るのでしょうか。

今回は、そんな映画「記憶にございません!」について、芸能人についての記憶力の良さと仕事をする上での記憶力の悪さの落差が酷い自分が、鑑賞して思ったことを色々と感想としてまとめていきます。

ございません

病院のベッドで目が覚めた男。自分が誰だか、ここがどこだか分からない。
一切の記憶がない。こっそり病院を抜け出し、ふと見たテレビのニュースに自分が映っていた。演説中に投石を受け、病院に運ばれている首相。
そう、なんと、自分はこの国の最高権力者だったのだ。
そして石を投げつけられるほどに……すさまじく国民に嫌われている!!!

部下らしき男が迎えにきて、官邸に連れて行かれる。
「あなたは、第百二十七代内閣総理大臣。国民からは史上最悪のダメ総理と呼ばれています。総理の記憶喪失はトップシークレット、我々だけの秘密です。」
真実を知るのは、秘書官3名のみ。
進めようとしていた政策はもちろん、大臣の顔と名前、国会議事堂の本会議場の場所、自分の息子の名前すら分からない総理。
どうやら妻も不倫をしているようだし、息子は非行に走っている気配。
そしてよりによってこんな時に、米国大統領が来訪!

他国首脳、政界のライバル、官邸スタッフ、マスコミ、家族、国民を巻き込んで、記憶を失った男が、捨て身で自らの夢と理想を取り戻す!果たしてその先に待っていたものとは……!?(公式HPより引用)

人間の二面性をポップに表現した役者陣

本作で監督と脚本を担当したのは、コメディの名手として広く知られている三谷幸喜さんです。

ドラマだと「振り返れば奴がいる」「古畑任三郎」シリーズ、大河ドラマ「新選組!」「真田丸」、映画では「ラヂオの時間」「ステキな金縛り」など多くの人気作を制作してきた方ですね。
彼の作品にはちょくちょく「いつもと違う自分を演じる」という局面が登場しますが、本作でもそんな彼の得意とする「自分ロールプレイ」の真骨頂を見ることが出来ます。また本作のテーマの一つとして、「いつの間にか初心を忘れていた人間が、元々の志を取り戻す」ことがあると思いますが、これは前作「ギャラクシー街道」が散々な出来に終わってしまった三谷監督自身の心情とも重なっている部分があると感じました。劇中で主人公がかつての志を取り戻していくように、三谷監督自身もリベンジの気持ちでこの映画に取り組んだのだと思いました。

続いてキャスト陣。
主人公である黒田啓介首相を演じたのは中井貴一さん
ドラマ「ふぞろいの林檎たち」で生真面目な主人公に抜擢されてブレイク、その後も数々の名作で主演、助演を務めてきました。
「武田信玄」や「壬生義士伝」でのシリアスな役どころが評価される一方、「極道戦争 武闘派」などの荒々しい役柄、ドラマ「最後から二番目の恋」「グッドモーニングショー」で見られる、温厚なおじさんというキャラにも合わせられる演技力の持ち主です。
本作でも、記憶を失う前のクソ総理・黒田と記憶喪失後のオロオロしがちな黒田の2つのキャラをしっかりと演じ分けています。これまでも三谷監督の作品に数々登場してきた彼ですが、今回主演に選ばれたのも納得です。

そんな彼のサポートをする首相秘書官の井坂には、ディーン・フジオカさんがキャスティングされています。
「IQ246」「シャーロック」など、自分のような外道非リアとは縁のないような上流階級の役柄がよく似合う俳優さんですが、今回もそんな彼の魅力がよく出ているキャラクターを熱演されています。密かに野心を抱いている辺りは「モンテ・クリスト伯」での彼を思い出しますね。どちらかというとドラマ中心での活動が目立っていたので映画で彼の演技を見るのは中々新鮮な気分でした(初めてという訳ではないです)。

多彩な活動をされているディーンさんの歌声も是非。

黒田の妻・聡子役を務めたのは石田ゆり子さん。
「101回目のプロポーズ」などのトレンディドラマで人気を集め、その後も「不機嫌な果実」での大人の恋愛、「夜行観覧車」での家庭問題に困惑する主婦、「逃げるは恥だが役に立つ」でのコメディ感強めのキャラなど、年齢を重ねるごとに新たな側面を見せる女優さんという印象が強いです。50代を迎えた今でもとても可愛くて魅力的な女性のままなのが凄いですよね。最近だと「僕だけがいない街」の実写映画でも「若さを保ったままの母親」役がピッタリでした。映画自体は残念でしたが。
本作でもそのチャーミングな可愛さが発揮されており、黒田からの今までにない愛情表現に戸惑う様をコミカルに演じられています。

その他、井坂の同僚の首相補佐官・番場役には今やすっかり演技派女優の仲間入りを果たした元グラドルの小池栄子さん、首相官邸料理人の寿賀役には元スケバン刑事の斉藤由貴さん、野党第2党の党首・山西役には本当に女性政治家にいそうなルックスの吉田羊さん、日系人女性の米国大統領・スーザン役には帰国子女でイッテQ準レギュラー女優の木村佳乃さん、超絶守銭奴フリーライターの古郡役には「マジックアワーでナイフ舐めるおじさん」の二つ名を持つ佐藤浩市さん、黒田の最後の宿敵となる鶴丸官房長官役には、元祖イケメンハーフでイッテQ準レギュラー俳優の草刈正雄さんがそれぞれキャスティングされています。
どの方も多くの作品で重要なキャラを演じている有名役者さんばかりで、これだけの有名どころを集められるのはさすが三谷監督だなぁと思いました。この中だと特に草刈正雄さんの、気さくな表の顔と真っ黒な裏の顔を上手に使い分けている演技が、中井さん同様素晴らしいと思いました。

くさかり

コメディの名手、ついに復活の兆し

このように、豪華な役者陣は皆さん素晴らしかったですが、ギャグもそれに伴ったレベルを維持しており個人的にはとても笑えました。
世間では、先述した「ギャラクシー街道」がかなり残念な結果だったのはもちろんのこと、その前の「清須会議」から少しずつ歯車が狂ってきたのではないか?と囁かれていました。中には「小林聡美と別れた三谷幸喜に明日はない」という熱烈な「やっぱり猫が好き」ファンと思われる意見もちらほら見られました。(笑)

そのような事情もあり、本作に対する期待値はそれほど高くなかったのが事実でした。一応、「ギャラクシー街道」と本作の間に、三谷監督が脚本家として参加した大河ドラマ「真田丸」が大ヒットするなどの明るいニュースもありましたし、彼が政治界という題材を取り扱うのはこれが初めてではない(一度目はドラマ「総理と呼ばないで」の時)という事もあり、大外れすることも考えづらかったですが、それを吹き飛ばすほどの向かい風を生み出してしまったのが「ギャラクシー街道」だったのです。

しかし、本作のコメディ要素はその期待値を見事に大きく越えてきました。
特に、報道陣の前からモップで退散する場面、アメリカ大統領とのゴルフで外務大臣役のずん飯尾(!?)が全くバンカーから抜け出せない場面黒田が聡子のことを何度も「好きなタイプなんだ」と言う場面後半でSPとしてスカウトされた田中圭が過剰に張り切っている場面などが、とても面白かったと思います。そうなんです、本作はブレイク中の田中圭さんをかなり贅沢に使っているんです。しかも彼の良さが最低限の出番で出ているのが流石だと思いました。本作だけで彼の取扱説明書がある程度作れると思います。

チョイ役に関する三谷監督の絶妙なキャスティングは、田中圭さん以外にも光っていました。特にスーザン大統領の通訳を演じた宮澤エマさんは本当に通訳っぽい喋り方とルックスで登場し、パッと見彼女だと分からぬくらいの憑依っぷりを披露していました。しかも彼女の華麗なる家系の事を考えると、より面白さが増してきます。まさかこんな形で政治に関わる事になるとは本人さえ1ミクロンも予期していなかったでしょう。

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まあ、このハマり具合に関しては三谷監督が役者を決めてからキャラクターの詳細な性格、設定、ステータスを肉付けしていくという手法を取っていることも理由の一つだと考えられますが、その思惑に正しく応えている本作の役者陣は本当に素晴らしいです。張本さんも間違いなくあっぱれをくれると思いますよ。

どこまでも単純に整備された政治SHOW

コメディとして上々の出来だった「記憶にございません!」は、それだけの映画とは思えない隠れたテーマ性を持った作品だという印象を受けました。
本作では政治界という我々市民とは近いようで遠い、遠いようで近い世界を描いていますが、この映画独自の特徴として挙げられるのは「とても分かりやすく政治の世界をデフォルメしている」というところです。

何となくどんな人でもワイドショーで一度は目にしたことがあるような事象や用語が飛び交い、政治に関してそんなに詳しくない人でもしっかり本作の世界観に浸れるようにしている一方、日本政治と巨大生物の戦いを描いた「シン・ゴジラ」と比べてしまうと、粗雑で明快すぎる側面も目立っているのが「記憶にございません!」の特性だと言えます。
政治家の金銭授受、おともだち優遇、各国首脳とのゴルフ外交、消費税の引き上げ・引き下げ問題、女性政治家の積極的な姿勢、各大臣のろくでもないスキャンダル… 本作の中で現れた様々な要素は、小学4年生の子供も容易に理解できるレベルのものばかりです。もちろんコメディだからこその簡素化や誇張もあると思いますが、とにかく本作の世界の政治は、無知な人間でもすぐに理解できるようなレベルで止まっています。

この政治の描かれ方は、物語上でも少なからず意味を持っているような気がしました。何しろ主人公の黒田は「政治素人なのに総理大臣の仕事をしなければならない」という前代未聞の大偉業に挑む人間ですからね。つまりは、黒田こそが我々観客の代表者であり、その黒田でも理解できるような仕組のシステムでないと物語は成立しないわけです。
主人公にどれほど感情移入が出来るかというところも映画の評価ポイントの一つですが、観ている人が「もし自分だったらどうしようか?」と考えられる段階に政治劇のスケールを引き下げているという意味で、この「単純明快すぎる政治劇」は大きな役割を果たしていると思います。そしてこれは、人々の政治に関する認識はこんなにシンプルで粗雑なものだという、国民とメディアへの皮肉とも取れます。今年の春に日本アカデミー賞を受賞した「新聞記者」が発信したのも、マスメディアと政治と日本国民との関係性の在り方でしたが、「記憶にございません!」はそのメッセージとも関連した内容をコメディ的なアプローチで届けようとしたのかもしれませんね。

そう考えると、本作のラストで黒田がメディアを使って、聡子と井坂の不倫スキャンダルをうまく乗り越えたことに対して、「支持率がほんのちょっとだけ上がる」という顛末を迎えたのは、三谷監督が抱く「メディアの情報に囚われ過ぎずに自分の判断で政治に参加してほしい」という観客への期待と取ってもいいかもしれませんね。
一丁前に政治のことを語ってしまいましたが、本来の自分は校外学習で国会に入っただけでソワソワして鼻血を出してしまうくらいの極小市民なので、そろそろカッコつけるのはやめたいと思います。

「ミッション:イージー」と化した黒田の人生

ただ、この政治の描き方が粗雑なのも事実であり、その事による大きな弊害も本作では発生しています。
というのも、本作には「記憶喪失になった黒田がそのまま総理大臣の仕事をやり続けなければならない」という超高難度ミッションの面白さがいささか欠けている気がしてならないのです。何かよく分からないけど、上手く事が運んじゃったよ~、の連続なのです。

国民を苦しめていた消費税の問題と政治献金問題は、黒田が昔の友達と腹を割って話すだけであっさり解決しちゃいましたし、スーザン大統領との外交問題も、黒田が馬鹿正直に言った数々の言葉を彼女が「忖度のないまっすぐな人だなぁ」と勝手にポジティブシンキングしたおかげで丸く収まり、宿敵の鶴丸官房長官との対決も、結局は佐藤浩市演じるライターに任せたらすぐスキャンダルを見つけてくれて辞任させることに成功しました。
何度も言っているように自分は政治に関して全くのド素人ですが、こんなに上手い事政治は進まないことくらいは直感で分かります。消費税問題なんか今でも大激論が進行中でなかなか解決の目途がたってませんし、馬鹿正直な想いをヒラリー・クリントンにそのまま言ったら絶対に恐るべき事態が発生しそうですし、官房長官のスキャンダルをあっさり見つけるようなライターがいたらデューク東郷が確実に消してそうじゃないですか?

そしてここからはあまり政治と関係ないですが、鶴丸がリベンジとして送り込んだ川平慈英演じるスナイパーも、あっさりとGKに、いやSPに狙撃を阻止された挙句、一回は買収されて鶴丸サイドについたライターに謎の心変わりを起こされて勝手にリベンジのチャンスすら失っています。
前のシーンであんなに記者という仕事への情熱を語っていたのに買収されたのもどうかと思いますが、一応は仲間になった鶴丸からの頼みを今度は私感で断ってしまうのはどう考えてもおかしいです。黒田への気遣いだとしてももう遅すぎますし、金でコロコロ変わるキャラを貫き通したんだとしても、かつての政治家としての志を取り戻す黒田の物語において、味方にこういう奴がいるのはまずいんじゃないかと思ってしまいます。

ライター

こんな感じで色々な厄介事が黒田の実力以上に上手く解決してしまう展開が続いたことで、彼自身が大偉業を成し遂げたとか、ミッションインポッシブルを切り抜けたという感覚が期待値を大きく下回っているんです。
以前レビューした「心が叫びたがってるんだ。」でも割と似たようなことを感じたのですが、こういう風に「主人公に優しすぎる世界」が舞台となった作品は個人的に好きになり切れないんですよね… しかもこの映画の場合は、黒田が記憶喪失になったことによりある種「転生」したかのように生まれ変わって無双するというあらすじになっているせいか、余計に「なろう系」や「俺TUEEE系」のような主人公絶対主義の匂いが強くなっているので、益々不満が積もってきます(あくまでギャグ以外のストーリーについてです)。

「ソードアート・オンライン」のファンの方々を堂々と敵に回してしまった気がしますが、もう少し黒田の葛藤や成長を前面に押し出した話にした方が映画としては正解だったかもしれません。まあ、勿論本作はコメディ映画であり上映時間の多くをギャグに費やしているため、ストーリーそのものへの細々とした指摘は贅沢すぎるだろという意見もあると思います。何だかんだ言って「記憶にございません!」は三谷幸喜的コメディとして久々に大笑いできた映画なので、いちいち細かいところにツッコむのは野暮ですかね。
とりあえず、そういうことにしておきましょう。

黒田同様、三谷監督の物語もまだまだこれから…

ストーリーの細部にイチャモンをつけた記憶を「ございません」したところで、最後にこの映画の責任者である三谷幸喜さんへの今後の期待について、簡単に述べて終わりたいと思います。

先述した通り、「記憶にございません!」で黒田の支持率はほんの少ししか上がらず、黒田の首相としての真価が試されるのはここからだというエンドを迎えていました。
そしてそれは三谷監督にも当てはまるのかもしれません。「かつての気持を取り戻して良い結果を出す」という心情で挑んだ本作、確かに数年前の三谷監督作品より格段に良い作品となっていました。しかしまだまだ、完全復活と言っていい状態ではないでしょうし、次の作品が外れてしまえばこの映画はラッキーパンチだと言われてしまう可能性もあります。
再び映画界で高評価を受けたからこそ、この次の作品からが本当の勝負だと思います。三谷先生の次回作にご期待下さい!戦いはこれからだ!

打ち切りマンガっぽい言い方で本作を貶めたと感じた方がいましたら申し訳ないです。個人的に彼の最高傑作だと思ってる「THE 有頂天ホテル」のURLを貼っていくので、こちらをもって謝罪の言葉と替えさせて頂きます。

今回も長文となってしまいましたが、最後までお読みいただきありがとうございます。また次の記事でお会いしましょう。

トモロー

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まだまだ修行中の映画ファン
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