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平凡でありながらも情熱が伝わってくる「ミックス。」

先日、「コンフィデンスマンJP」の映画第2弾が7月23日に公開されるとの発表がありましたね。ウイルスのパンデミックを、そしてボクちゃんの大きなスキャンダルを越えて上映される「コンフィデンスマンJP プリンセス編」、一体どういった作品になるのでしょうか。

この「コンフィデンスマンJP」の脚本を担当しているのは、様々な脚本賞で優秀な結果を収めている脚本家の古沢良太さんです。ドラマではこの他にも「リーガル・ハイ」シリーズ「デート~恋とはどんなものかしら~」など笑いのセンスに溢れた作品を製作されています。
そんな彼が、その独自の笑いのセンスを武器として2017年に公開されたのが、「ミックス。」という映画です。卓球のミックスペア、つまり男女ペアを題材にして繰り広げられるスポ根コメディラブストーリーである本作は、約15億円という興行収入を獲得し、まさしくスマッシュ・ヒットを記録したことでも知られています。

今回は、そんな直球勝負で見事にヒットを勝ち取った映画「ミックス。」について、中学時代卓球部に所属していた自分が見て思った事を、色々と感想としてまとめていきたいと思います。ちなみに自分はペンホルダーの裏ソフト+粒高を使用していたいわゆる異質ショート型で、甘い球にはプッシュで対抗する戦術を取っていましたが二軍の二番手止まりでした。(笑)

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「豪華キャスト集結」を生かす一つの正解

相関図

上記の写真が「ミックス。」の簡単な人物相関図です。
これだけを見ても分かると思いますが、本作は以前記事を書いた作品である「マスカレード・ホテル」と同様、非常にキャストが豪華なことが特徴の一つであり、一番分かりやすいストロングポイントとして挙げられます。
今回ダブル主演を務めたのは、古沢脚本の代表作「リーガル・ハイ」で見事コメディエンヌとしての才能を開花させた女優の新垣結衣さんと、クールなイメージが強いものの「最高の離婚」「まほろ駅前多田便利軒」などの、コメディ要素のあるヒット作も意外と多い俳優の瑛太さん。この主演の2人が、本作では卓球でもラブストーリーでも名コンビを演じます。

そして、「仮面ライダーキバ」「私 結婚できないんじゃなくて、しないんです」瀬戸康史さん「ひるなかの流星」「帝一の國」永野芽郁さんなどの若手人気俳優から、「ビーチボーイズ」「鍵泥棒のメソッド」広末涼子さん「民王」「ドクターX~外科医・大門未知子~」シリーズ遠藤憲一さん「百万円と苦虫女」「Dr.倫太郎」蒼井優さんなど、人気と実力を兼ね備えた中堅・ベテラン勢の役者さん達も多く登場します。
その他にも、田中美佐子さん、佐野勇斗くん、生瀬勝久さん、鈴木福くん、吉田鋼太郎さんなどなど、数えたらキリがないほどの有名俳優陣が次々と登場する、まさに「豪華キャスト集結」の作品です。

ここで問題となるのは、以前の「マスカレード・ホテル」の記事でも挙げた「豪華キャストを限られた尺の中でいかに適切にさばき切れるか」という点だと思います。「マスカレード・ホテル」の場合は「印象的な演技をする前にキャストが物語から消えている」という理由でこの点に関しては少々問題あり、という風に自分は結論付けました。

この「ミックス。」に関しても、尺の都合上何人もの有名俳優が物語に少し顔を出しては消えていくというケースが多いのは一緒でしたが、本作ではそれらの「すぐ消える役者陣」に少しでも印象を持たせるためか、とかく本作の雰囲気と合致したコメディ色の強いキャラを演じさせていました。
物語の前半と後半で中村アンさん演じる部下上下関係を覆されてしまった哀れな警察官役の吉田さん、文字通り「クソガキ」という言葉が似合うジュニアペアを演じた鈴木さんと相棒の谷花音さん、卓球教室を経営する謎のLGBT超越系コーチを演じた生瀬さんなど、あくまで新垣さんと瑛太さんの対戦相手としてしか登場しないチョイ役でも、そのキャラ造形に手を抜かずに観客に強く登場人物たちを印象づけたい、そんな想いが伝わるような熱演を見る事ができました。

エスメラルダ

そしてそれは、彼らより出番が多いメインキャストでも変わりありません。
主人公の昔からの顔なじみを演じた広末涼子さんも、元ヤン気質で人懐っこくて旦那が医者という難しくカオスな役柄でしたが、素晴らしい演じっぷりでした。何より本当の自分を曝け出した証明として「髪をスプレーで赤く染める」シーンが、とてもインパクト大で印象に残りました。色々調べてみると彼女は昔「聖者の行進」というドラマでも髪を赤く染めた役柄を演じていたみたいなので、これはオマージュという可能性も高そうです。脚本の古沢さんそういうの好きだし。
しかしそれよりも圧倒的なインパクトを残したのが蒼井優さんです。
料理人役を演じたTEAM NACSのリーダー・森崎博之さんと合わせて、本当にそっちの出身なんじゃないかと思わせるような、中国人のキャラとして全く違和感のない演技でした。彼女の「玄関にラー油撒いとけ!」、マジで邦画界の歴史に残る名台詞と言ってもいいと思います。

そして主演の新垣結衣さんも様々な顔を見せてくれました。チアリーダー姿のような正統派のかわいいシーンから、「ドラゴン桜」「ギャルサー」を超えたガングロギャルを演じる衝撃のシーン、エスメラルダとの対戦シーンで「しゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃ~」と顔芸を披露するなど、古沢作品で培ったコメディセンスを生かした多彩な表情で楽しむことができました。、ガッキーは個人的にこのような笑える役の方がよく似合っていると思います。その点は仲間由紀恵さんとよく似ていますね。

その他、クールなキャラ崩壊で泥臭くプレイする瑛太さん、試合前にトイレに籠ってしまうエンケンさん、敵役ながらも最後人間臭い雄叫びで予想外の魅力を見せつけた永野さんなど、正真正銘のクセ強めキャラのデパート状態は最終盤まで続きました。観客が疲れないギリギリのテンポです。
そして本作で自分は、「豪華キャストを上手くさばき切れるか」という問題の解決策として一つの正解を見た気がします。少ない出演時間でより印象の残る登場を、というこの映画の作戦は、奇跡的にミックスされた華々しいキャストの方々への敬意と、スタッフさんの情熱を両方感じる事ができるばかりか、観客にとっても「あの人これだけの出番なのにスゴいキャラの役だったな」と楽しんで観ることができる、まさに一石三鳥の方法論を本作は実に見事にやってのけたのです。本作が公開された2017年、少年ジャンプの人気マンガを実写化した「銀魂」が大ヒットしましたが、その一つの要因とされている「豪華俳優が演じる3枚目のデパート」を、更に突き詰めたのがこの「ミックス。」だったのではないでしょうか。

裏切りはないが、満足感はある「スポ根」と「恋愛」

ここまで、本作のキャストの熱演とコメディセンスの良さについて書いてきました。しかし、自分はあくまで「スポ根コメディラブストーリー」として本作を語っていきたいので、その他の要素である「スポ根」「恋愛」についてもここから触れていきたいと思います。

端的に言えば、本作の「スポ根」「恋愛」に関しては基本的に裏切りや意外な展開もなく、ありがちなストーリーが繰り広げられています。
まずは「スポ根」。かつての卓球少女がひょんなことから再び卓球に打ち込むようになり、一度敗北した相手に対してひたむきに努力を重ね、一年後に再び対決するという、自分の25年しかない人生でも何度見たか分からない、良く言えば安定感のある、悪く言えば平凡な筋書きでした。
肝心の卓球のシーンも、リアリティ重視で必殺技とか出さなかったのは賢明な判断だったと思いますし、撮影を「ピンポン」と同じ人がやっているお陰でそこそこ迫力はあるんですが、コメディのインパクトにいまいち勝てていないんですよね。まあ、卓球シーンの衝撃に関しては「ピンポン」があまりにも偉大過ぎるので仕方ないかもしれませんが、本作ではあくまで卓球を「悔いなく最後までやり遂げる」ことを表現するための手段として使っているのかなと感じました。
しかし、卓球というテーマを有効に使った数少ない展開として、終盤のガッキーペアと瀬戸康史ペアの対決でガッキーが「物理的意味で」前に一歩踏み出すことで、試合の流れが完全にガッキーペースになるというシーンはなかなか良かったと思います。もちろん「精神的意味で」前に一歩踏み出すことの重要性と関連付ける意味もあるとは思いますが、卓球でボールを打つ時に前に一歩踏み出すことって実際にかなり重要なんですよ。ここへ来てまさかメンタルとフィジカルのダブルミーニングを観れるとは思いませんでした。

「恋愛」に関しても、カップルとなる2人の出会いが最悪というベタ of ベタから始まります。そこから互いの良さに惹かれていくところ、夜景をバックにすこぶるいい雰囲気になる場面、両想いなのに互いの幸せのために離れ離れになる辛い選択、瑛太さんのアドリブで誕生した悲しすぎる頭ポンポン、そして再会、瞬間、心、重ねてを経てハッピーエンドと、ほぼほぼ既視感しか無かったんですが、とても心地よい類の既視感なんですよね。どこまでも潔くベタを貫き通す愚直なスタイルと言いますか、最大多数の最大幸福だけ考えたことで率直に観客が「楽しい気分」になるというか、そんな不思議な感覚に陥るラブストーリーでした。
もちろんツッコミどころは色々あるんですよ。いくら事情があるとはいえ、女子高生軍団をジロジロと覗き込む瑛太さんは正真正銘の不審人物ですし、メイン2人の恋愛を盛り上げるために瀬戸康史さんの言動がブレッブレになってるのは正直いただけないですし、終盤なんか君たち工場で何やってんのって感じですもん。(笑) それでも…なんか不思議と楽しいんですよ。

工場

今回こういう感想を自分が持ったのも、やはり最近の映画はどこか凝り過ぎた展開になりがちというか、「衝撃のラスト○○分」を意識しすぎている点があるのも要因の一つかなぁと思います。「フォルトゥナの瞳」が予告で、「2人の運命の結末は、秘密にして下さい」と言っておきながら中学生でも予想できる顛末だったあの悲劇をどうしても思い出してしまいますが、それくらい「これまでにない裏切りを織り交ぜた作品を作りたい」という想いは映画業界全体に溢れ、そうでもない作品にも上記のような文句が使われる良くない状況に陥っています。
その中で、少数のファンにとっての100点ではなく幅広い人にとっての70点を目指し、どんでん返しよりベタなシチュエーションの積み重ねを優先した本作は、多くの人が平凡に映画を楽しめることの値打ちを、改めて確認することができるという意味でエンタメとしての目的を完璧に果たしている作品だと、自分は思っています。
そしてこの「平凡の積み重ね」というストーリーラインは、この映画が含むメッセージ性とも大きく関連してきます。

「奇跡」と「軌跡」

本作のラスト、ガッキーがモノローグ調で「人生に奇跡は起きない。ふさわしい人間が、ふさわしい結果を得るだけだ。」と語るシーンがあります。
ここで言う「ふさわしい人間」とは言わずもがな、「ふさわしい結果」の為まっすぐに努力をした人間のことを指していると考えられます。要するに、頑張らなきゃ報われることはないってことです。
本作での主人公ペアは、不器用ながらも必死に生きてきた自分たちの今まで全てを否定されるという屈辱的な経験から、その不器用スタイルを崩すことなく懸命なる「スポ根」的練習で着実に技術を高め、その宿敵に立ち向かいます。しかし、それでも後一歩のところで及ばず、準優勝に終わってしまいました。つまり彼女はまっすぐに努力したのにも関わらず、結局「ふさわしい人間」になれなかったのであり、優勝は決して起きることのない「奇跡」のまま、物語の幕は一旦閉じられてしまいました。だからこそ、ガッキーの最後の語りには相当な重みが感じられます。

ですが、「奇跡」の起きない本作のストーリーで、ガッキーは何も得られなかった訳ではありません。卓球を通じて共に切磋琢磨する仲間、そして何より最愛の恋人と出会ったことで、目標としていた優勝を逃したはずなのに、ラストの彼女の表情はとても晴れやかなものになりました。そしてそれは、彼女が「合点のいく勝利」のために積み重ねた地道な努力の成果でもあり、その「軌跡」が決して無駄なものではなかった事の証明でもあります。
そしてこの地道な努力という「軌跡」の中で、与えられた限りのある毎日をそれぞれのペースで懸命に生きている等身大の平凡な人間の姿こそが、この「ミックス。」という映画の最大のテーマだと思っています。

スマッシュ

たとえ「奇跡」の起きない人生だとしても、その「軌跡」の途中で出会うことができた大事な人や宝物の輝きは決して「奇跡」に引けを取らない素晴らしいものであり、そしてそれは時に自分の輝きに気付くヒントにもなり得るのだ… もしかするとこれ自体が「平凡」と呼ばれてしまうようなテーマではありますが、本作はこれを情熱を持って凄く実直に伝えようとしています。一番それが明確にわかるのは2度目の卓球選手権挑戦のシーンですね。心を揺さぶる効果的なBGMがこれ以上ないタイミングでかかり、とても真面目な演技で今までの「軌跡」を辿るように試合に臨んでいく主人公たちの姿は、不思議と胸が熱くなりました。

また2度目の卓球選手権が終わった本作の最終盤、主人公ペアがカップルとして成就しただけでなく、他の主要人物の様々な選択も描かれるのですが、ここもまた本作に込められたメッセージが強く感じられるシーンです。
エンケンさんと田中さんの夫婦の役は本業の農業に使う畑を広くすることを決め、広末さんの役はそれまで息苦しさを感じていた「医者の嫁お食事会」で自分らしい選択として「タコ焼きパーティー」を始めました。学校に馴染めずずっと不登校が続いていた佐野くんの役も、一念発起して主人公ペアが所属する卓球クラブの事務局長を務めるようになりました。ちなみに不登校の時に読んでた漫画は「行け!稲中卓球部」です。
いずれの選択も、どんなスケールの大きい物語でも描けるフィクション作品としては小さなものですが、日常に生きる平凡な人々にとってはとても大きな一歩です。そしてこれらの一歩も勿論、卓球を通じて一つの目標へ仲間と共に向かった「軌跡」から様々な事を学んだからこそ踏み出すことができたと思いますし、観ている人々が共感しやすいサイズの一歩なのもベリーグッドです。

更に言えば、前述したような「平凡なシーンを積み重ねたようなスポ根ラブストーリー」という粗筋についても、結果的には「平凡な人間の地道で懸命な生き様」を表現するための最も適切な演出として大きく貢献しています。つまりこれまで挙げてきたメッセージが、それと大きく親和性を持つ演出という形でストーリーライン全体に、まるで食材を包み込む卵とじのような形で作用しているんです。
この大きな作用があったからこそ、本作は奇跡の起こらないノンフィクションの世界に生きる平凡な我々にとって、飽きずに最後まで楽しめる不思議な映画としてヒットを収めたんだと思います。もしもこれが偶然の結果ではなく、「コンフィデンスマンJP」のダー子たちの信用詐欺のように最初から仕組まれた必然の結果だとしたら… 古沢作品の本当のスゴさはまだまだこれからという気がしますね。

卵とじ

麻婆豆腐を食べるまでが「ミックス。」

自分はこの映画を観たら必ず、CookDo的なやつの麻婆豆腐を買ってきて、不器用ながらも着実にという本作のメッセージを反芻しながら調理を進め、結果、もっとうまく出来たなという感想が最初に出てくる完成度のものを食べるという一連の作業を行っています。自分のレベルに合わせて、死ぬほど辛くしてみるのもまた一興です。この記事をここまで読んでくださった方にも是非オススメです。でも玄関にラー油を撒くのだけはやめて下さい。

今回はいつもに増しての長文となってしまいましたが、最後まで見て頂きありがとうございます。

トモロー

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