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【短編小説】オタマジャクシとトンボ

まあ、聞いて下さい。
私は子供の時にずっと自分をオタマジャクシだと思っていました。
だから、大人になったら当然、自分は普通のカエルになると思っていたのです。
あの緑色の艶々した皮膚を持つ、平凡なアマガエルの一匹にです。
それがその頃の私の夢で、それで私は充分に満足していました。

ところがその割には、異様にお腹が空く日々が続きました。
そしてある日、これは私自身がとてもショックだったので、今でもよくその日の事を覚えているのですが、同じ池の中に住んでいて、とても仲良くしていたオタマジャクシの友達の一人をムシャムシャと勢い良く食べてしまったのです。

これには自分でも驚きました。

しかも、その友達の味というかそれは絶妙で、とても美味しかったのです。
私はこの頃から自分が、「オタマジャクシとは違うものになっていくのではないか」と感じ、恐怖のあまり、身がすくみそうでした。

それから何日も経たずに私は自分が住んている池の中にいたオタマジャクシの仲間たちを全員食べてしまいました。
しかも全員本当に美味しかったので、私は自分に良心の呵責すら全然感じませんでした。
「ああ、本当に美味しかったよう。」
その感動だけが私の中に残りました。

私の身体はどんどん大きくなって、成長を続け、そして身体全体が変化し始めました。
ある日、それは月が明るく夜空を照らし、煌々としていたある晩のことでしたが、私の身体から手や足が出て、私は自分がトンボの子供である「ヤゴ」だということに気づきました。

私のオタマジャクシの仲間たちが「恐ろしい」と繰り返し言っていたあの「ヤゴ」です。
こんな時、誰かに相談できれば良いのですが、私のオタマジャクシの仲間たちは私が全員食べてしまったので、この池には私以外誰もいないのです。

私は心の底から「孤独」を感じ、寂しくて泣き出してしまいました。

それから何日経ったのか私にも分かりませんが、ある日、私は澄み切ったあの秋の青空をトンボ、正確に言えば赤トンボなのですが、赤トンボの仲間たちと自由にスイスイと飛び回っていたのです。

今まで陽もささない暗い池の中しか知らなかったのに、私は初めて明るい外の世界を知ったのです。
その素晴らしさと言ったら、なんと表現したら良いのでしょう。
外の空気は新鮮で、そして全てが清々しく、明るく綺麗にキラキラと輝いていました。

赤トンボの私の人生はそれほど長いものではありません。
でも、私はこう思うのです。

「夢だったカエルにはなれなかったけれど、トンボの人生もまた素敵だった。一生に一度しか見れないような、そういう景色を空を飛びながら見れたのだから。」

          了


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